4月の営業案内(一部訂正しました)

今日から4月です。

しかし、外は寒く、やや強い風が吹いています。

 

花粉も飛んでいますし、風邪などひかれないようお気をつけてお過ごしください。

 

 

 (※訂正です)

『四月の予定ですが、日曜日以外でお休みする予定はありません。』と、書きましたが訂正です。

 

4月30日(土)は都合によりお休みいたします。

 

 

29日(金)昭和の日は営業を予定しています。

 

7日(木)は、息子の入学式があるため、私用でご迷惑をおかけしますが、15時からの営業を予定しております。

 

 

 

先日、国立感染症研究所の発表で、新型コロナウイルスの感染は空気感染によるもの、という見解が発表されたようです。

 

検証はこれからもされていくでしょうから、とりあえずいまはそういうこと、という認識でいますが、これはマスクによる予防が今まで信じていたほどあまり意味をなさない、ということにもなるのではないでしょうか。

 

もともと、効果については大して無いと言われていたものが、いつの間にかあれこれ理由があるのかないのかうやむやのまま、皆が使用することがマナー、社会性のある態度、みたいなことになっていたことに違和感がありました。

 

いまは情報が錯そうしているため、おかしなデータや偏った思い込みに基づいて判断されていることが沢山ありそうです。

 

マスク自体はそれなりに効果があるのかもしれませんし、思っているほどないかもしれません。

 

コロナの感染がひと段落すれば、落ち着いて判断できる人が増えることで、なにが効果的だったのか結果を通してより正確に検証できると思います。

 

薬も含めた対策全般、安易に白黒はっきりできることではないと思いますので、視野を広げて様子をみたいと思っています。

 

それにしても、薬で予防して薬で対処すること以外はあまり重視されないどころか、それしかない、という他を否定して選択肢を無くし絶対視に近い状態で対処を押し切ろうとする流れがあることに、強い違和感があります。

 

問題なく過ごせている身の回りの人たち、そして他国の情報にも目を向けて、いま違う対処をした地域がどうなっているのか、なぜ違う対処をしたのか、など、も見比べながら、最善の選択をしていけるといいのですが。

 

今回、マスクの予防効果についてある段階の結論が変わったことで、効果より弊害の方が高い可能性もあり、改めて個々に考えて使用する必要があると思います。

 

これから暖かくなってくるので、陽に当たり、体を動かし、よく働いてよく休む、美味しく食事をとる、など、当たり前だけど、そうであれば穏やかに過ごせるようなあれこれを意識的に行っていくといいでしょう。

 

それが多くの人にとってはストレスが少ない生活でしょうし、免疫力も上がりやすいと思います。

 

 

 

寒暖差の影響やスマホやPCを根詰めて見すぎているのか、首肩や腰をいためてご来院、というケースが増えてきました。

 

なかには運動不足が原因のケースもありますが、疲れがたまっている人もいます。

 

大きく体調を崩す前に、体の手入れをするといいですよ。

 

筋肉を緩めるには、適度に動かす、汗をかく、湯舟で温める、きもちよく寝る、といったことが有効です。

 

ただ、ため込みすぎた疲れ、ぞくにいう慢性的な疲労は、ちょっとやっただけでは変わらないこともあります。

 

自分でやるのも面倒くさい、という方もいます。

 

やりたくないことを無理してやる必要もありません。

 

そういう時にマッサージを上手に利用していただくと、問題解決が早く済みます。

 

体をやすめにいらしてください。

 

 

 

みなさまのご来院をお待ちいたしております。

 

 

 

 

 

暖かい一日

娘が書いたキツネの絵
娘が書いたキツネの絵

そろそろ暖かくなると天気予報などで聞いていましたが、はじめの前を通過していく人たちを見ていると、半そで姿のひともちらほらいます。

 

今朝は久しぶりに自転車で通勤しましたが、汗ばんでしまい、シャツを着替えたほどです。

 

花粉や寒暖差で不調気味の人がいますが、少しは復調するかもしれませんね。

 

 

 

最近発達障害やアスペルガーの本を少しずつ読んでいます。

 

人間だれしも、大なり小なりそういう気質や性格に性分などのなかに併せ持っていると思いますし、個性の一端であったりもします。

 

ただ、自分でそういう特性があると自覚すると、気づかずやらかして後でこまるようなことを減らせるかもしれませんし、人のやることに対して腹を立てることも減る場合があると思います。

 

パニック症状(発作)も時にあり、大きく分けて「怒り」と「うつ」に分けて考えることもあるようです。

 

考えてみると、世の中でなにか大きな出来事が起きるとき、人はパニックになり慌てふためいて暴走したりおかしなことをやります。

 

普段から目の前の自分にとって大事なこと、できること、やるべきこと、などを意識していればわかると思いますが、そうでないと、できもしないことをやろうとしたり、時間をかけてやらなければ結果がでないようなことを、結果を焦っておかしくなってしまうこともあります。

 

武漢でコロナの感染拡大が報じられる日々の頃、私たちは冷静ではなくなり、あれこれ出回る情報に翻弄されていきました。

 

パニックになることは誰しもあることです。

 

ただ、そこからどう立て直せるか、が大事なところです。

 

それまでになにもやっていなければ、いざ何か起きたとしても冷静に考える足場が無いわけですから、状況が落ち着くまでパニックがつづくかもしれませんし、時間をかけて改善していくことになるでしょう。

 

場合によってはずっとつづくかもしれません。

 

ここ数年騒がれている新型コロナが収束する、ということが起こりうるのかさえかわからないのですが、ということは、パニックに陥った人たちの混乱も同じく続く可能性があります。

 

混乱がさらなる混乱を呼ぶ、ということが起きていると感じています。

 

その一つが、ウクライナとロシアに対する多くの日本人の態度や行動、また報道や政治決定などです。

 

早ければ夏前頃には、私たちの今後の生活が様変わりする実感を持ち始めて居るかもしれません。

 

そうなると、さらに焦る人は増えていきますし、背に腹は代えられない、きれいごとはいってられない、という感じで、粗い雰囲気に包まれていく可能性があると思っています。

 

物価の上昇で暴動が起きている国もあるようですが、「これまで日本は大丈夫だったから、これからも・・・」は、もう通じないと思います。

 

対岸の火事と思わず、日々の生活の一つ一つの判断を大事に行っていくことです。

 

ワクチンの接種に違和感がない方は別にかまいませんが、違和感がある方にとっては、WHOや国内政治なども絡んで、これからかなり厳しい展開が待ち受けているかもしれません。

 

生きることがしんどい時代に入ったと感じる人は増えていると思います。

 

そこでなにができるのか、なにかあってから慌てるのではなく、いまできるうちに考え方を整理したり、必要なものを探して学んだりしておくといいでしょう。

 

 

 

発達障害の話にもどりますが、その原因として「生まれつき脳が機能していないところがあるため」という考え方があるようです。

 

しかし、「脳の可塑性」という考え方があることを、脳血管障害のリハビリについて学んでいた頃知りました。

 

どこか損傷を負って従来のように機能しなくなったとしても、繰り返しリハビリを続けていく中で、従来のルートとは異なるルートで神経伝達などが行われるようになり、程度の差はあれども、似たような働きができるようになっていく可能性があるらしい、と記憶しています。

 

正確な内容ではないので、まちがって理解しているかもしれません。

 

一度壊れてもう駄目だと思える状態であっても、従来ほどではないにしても、時間をかけてやっていけば、できないと思い込んでいたものが少しはできるようになる可能性を誰しも持ち合わせているかもしれない、という話です。

 

生まれつき機能していない、というものでも、訓練することで可塑性のようなことがおきるかもしれませんし、機能していないのではなくて、反応が微弱過ぎて感知しづらいだけかもしれません。

 

それを丁寧に時間をかけて発達させていくことで、機能することもあるかもしれません。

 

ただ、私たちは時間が限られた中で生きているので、そのことだけに時間をかけ続けても、という場合もあります。

 

そこで、できることの中で創意工夫して、自分なりの対処を身につけている人もいます。

 

そういった人たちの情報をもとに、自分に合った形にアレンジするでもいいでしょうし、発達障害やADHDにアスペルガーなどのワードで書かれている本やブログを見つけて読んでみたり、分子栄養学などを学んで食べ物で改善したり、自分にあった眼鏡をつくってサポートすることもできると思います。

 

なにをどうしたいかは自分で決めることですが、目的がある程度はっきりしてきたら、行動に移す中でよりよい選択をしていくと、自分に合ったものに出会いやすくなっていきます。

 

ベースは自分の考え方を変えていくことだと私は思いますが、そこを目指すにしても、そこにたどり着くまでに、どの道を選んで進んでいくかは人それぞれだと思います。

 

よくしていきたい、という方向性がでるならば、自分で行動に移して改善につながる取り組みをしていくといいでしょう。

 

先ほど書いた、「反応が微弱過ぎて感知しづらいだけかも」ということについて、私が考えるのは、そういう人と接するときに、その人に対して肯定形で接し続けること、肯定形の言葉で語りかけ続けること、否定しないこと、です。

 

これは私もまだ途中ですが、私に全肯定を教えてくれた方が実例をみせてくれています。

 

いろいろ考えたり整理しながら過ごしていますが、それができるようになるほどに、生きやすくなっていく、と考えています。

 

興味がある方は、ご来院の際にお尋ね下さい。

 

 

 

受け取った言葉

四月も後半に入り、あちこちで花が咲き乱れていますね。

 

雨が多いものの、晴れた日には気温もあがり、今日もはじめの前を半そで姿で歩く人がちらほら見られました。

 

 

 

ちょっと気になっていることがあります。

 

たまたま、と言ってしまえることですが、今年は啓蟄(けいちつ)の日前後以降に一度もカエルを見ていません。

 

ここ数年、毎年必ずヒキガエルを見て、今年も春が間近なんだなと感じていましたが、それがありません。

 

もうさすがに出てきているでしょうが、まだみていないのです。

 

また、他の方のお話です。

 

その方のご自宅には毎年つばめが巣をつくりにやってきます。

 

例年だとすでに来ているらしいのですが、今年はまだ来ていない、ということでした。

 

今年は台風がすでに発生して日本の近くまで来ていたので、その影響もあったのかもしれません。

 

今年は台風がどうなるのか気になるところです。

 

 

 

そういえば、先日稽古会でご一緒させていただいている方の道場に伺い、操法を受けてきました。

 

私がくたびれていたこともあり、夢うつつで受けていたのですが、その時に治療の心構えのようなことをインスピレーションとしてつらつらと語られました。

 

その内容は他のことにも通じる面がありそうです。

 

あとで書き留めて簡単に整理した内容を載せておきます。

 

 

 

施術で向き合うとき

 

その場の自分で向き合うのでは

 

一対一で力(エネルギー)が拮抗してしまう

 

それでは相手は変わらない

 

相手が変わる明確な根拠として

 

自らがその場に持ち込めるエネルギーの累積があってこそ

 

相手は自ずと変わる

 

圧倒的とも思えるその力の差があって

 

相手は初めて変わり

 

動く

 

その差は

 

日々のその瞬間に思いを向けた取り組みの積み重ねに他ならない

 

その積み重ねといっても

 

誤った取り組みの累積は

 

結果を残さないばかりか

 

間違った判断や流れに身をゆだねてしまいかねない

 

方向性を的確にし

 

それを行動に移しながら

 

積み重ねていく

 

それで初めて

 

相手を迎え入れる素地ができあがる

 

 

 

明日は夕方の時間帯で空きがあります。

 

来週は都合により、土曜日お休みになります。

 

みなさまのご来院をお待ちいたしております。