明日はお休みします

明日と明後日、5日 (金) ・ 6日(土)はお休みいたします。

 

 

 

GWで車や人がいつもより少ない分、都内は穏やかで、時間の流れが緩やかになったかのようです。

 

 

 

来週以降のご予約はメールにて受け付けております。

 

 

 

 

写真は先週実家に帰省した際に息子が描いた「龍」です。

 

 

 

2畳ほどの紙に描き切りました。

 

 

 

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伝 111

正しくものごとがわかるようになれば

 

 

意味のないものへの関心は薄れていきます

 

 

 

 

 

大事なことが大事とわかるからこそ

 

 

あなたの目の前にあることが意味をなすのです

 

 

 

 

 

突き抜けたものの考え方というものもありますが

 

 

それは自らの幸せを心から願い

 

 

ひたむきに今を生きるからこそ生まれるもの

 

 

 

 

 

いま目の前にある

 

 

やるべきことをやらないでそれを望むことに

 

 

果たしてどれほどの意味があるのでしょうか

 

 

 

 

 

過去をゆるし

 

 

否定を減らすことで

 

 

今を素直に生きられます

 

 

 

 

 

今を素直に生きることで

 

 

道は開けます

 

 

 

 

 

全肯定はそこに姿をあらわします

 

 

 

 

 

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息子が急成長

最近息子が描いた中で、以前よりも少しいい感じで描けていたものがあり、それを掲載しようと思っていました。

 

 

 

左の写真がそれです。

 

 

 

なにかを見て描いたのかどうか忘れましたが、ずいぶん構図や表情が面白くなってきたな~、と考えていたのでした。

 

 

それが一昨日、ある方から「シンゴジラ」の映画のパンフレットをいただき、持ち帰ったところ、それを見て新作が出来上がりました。

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息子が急成長 続 (写メのみ)

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過去をゆるすこと

ご来院いただいた方全員ではありませんが、「過去をゆるすお祈り」というものをお伝えしています。




過去のゆるせないことは、みなさんそれぞれにあり、その内容も様々あります。




昨日いらした方は、『ゆるしてはいけないこと』と決意していたことがありました。



怒りの感情で「ゆるせない」ということは、比較的わかりやすいと思います。



しかし、自らに厳しい戒めを科すかのように『ゆるしてはいけないこと』としていると、解消できるタイミングで意識にあがってきたとしても、ゆるす対象として気づけない場合があります。



昨日いらした方は、話の途中ででてきたので自覚してもらうこともできましたが、一人で気づく大変さを思うと、こうしたことも書いておいたほうが意識しやすいかもしれませんね。



伝111にも過去をゆるすことはでてきていました。



「ゆるすお祈り」は、力のある言葉です。



地道に続けていただくといいと思います。



知りたい方は、ご来院の際におたずねください。



今週はまだ空き時間がございますので、ご予約・お問合せをお待ちいたしております。



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最近目にした生き物たち

子供と行動していると、動く速度や通る道など、普段一人で仕事をしながら目にするものとは違うものを見る機会が多くなります。

 

 

 

一カ月ほどの間に目にしたものの写真を並べておきます。

 

 

 

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シンプルに考える

ある方の言葉ですが、

 

『自分のやった結果を自分の目で見るただそれだけ』

 

これだけのことだと思います。

 

 

 

素直にそう思えないと、いろいろ言い訳を考えて複雑にする分、余計にわかりづらくなっていきます。

 

 

 

自覚の無い方がほとんどだと思いますが、それぞれの立ち位置、進む方向性がはっきりしてきていると感じる、今日この頃です

 

 

 

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カルマの表出

「まず上位意識とつながること。

 

上位意識は歪みのない意識なので

 

ため込んでいたカルマは居場所がなくなり

 

表に出てくることになるので

 

それを上位意識により修正をかけることにより

 

結果全体が歪みがない状態に変わる。」

 

 

 

ということで考えてみると、上位意識と繋がれてインスピレーションが得られた時や、そのつながりから方向性に向かって動き出せたとき、ため込んでいたカルマが一度姿を現すことになります。

 

 

 

もちろん取り組みが間違っている場合もありますが、前向きに取り組み始めたにもかかわらず、途端に嫌なことや負担になることがドッと押し寄せてくるような場合、こういうことが考えられます。

 

 

 

それまで自覚の無いままカルマを溜め込むほうで取り組んできたのですから、よくしようと思ったら、カルマを解消するために動き出すのは当たり前の話です。

 

 

 

そのでてきたものを、五井先生は消えていく姿と捉えるようにお話されていると思います。

 

 

 

しかし、これが出てきたときの反応として、エゴが歪んだままでいたいという抵抗が起こることもあるため、ある程度理屈を理解していないと、前に進まない判断をすることになります。

 

 

 

自由があるので、無意識とはいえ上位意識から差し伸べられた手を払いのけて、間違ったものを選択する自由もあります。

 

 

 

「自分は本当に正しいことがわかるのか?」

 

 

 

この問いかけをしないまま、うかつに自分の判断を正しいものとしてものごとを考えていないか、一度じっくり考えてみて下さい。

 

 

 

わからないからこその「よりよく」です。

 

 

さらに、「どれが正しいか自分で判断しなければ自分を生きているとは言わない」わけです。

 

 

 

私もふくめ、ここを読んでくださっている方ほとんどが当てはまるお話です。

 

 

 

改めて、「『例え話』補足」「伝111」なども読み返していただきたいと思います。

 

 

 

備忘録に書かれている内容も、読み返せる方は読み返してみてください。

 

 

 

中だるみのようになっていると感じる方は、今一度気持ちをしっかり持っていただきたいと思います。

 

 

 

無造作に鵜呑みにすると、取り返しのつかないような選択をしてしまっているかもしれませんので、ご自身の考えや人のお話など、丁寧にチェックしていただくといいと思います。

 

 

 

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