負荷を負うことについて 続 

前回のブログ「メモ 負荷を負うことについて」に書いた内容についてですが、今のところ、大まかに状況はあのとおり動いていると感じています。

 

 

 

「根拠はあってないようなもの」と書いたのですが、私の上位意識とひろかねさんとのやりとりから得た情報を元に私は判断しているため、私自身の根拠はそこにあります。

 

 

 

しかし、皆さんはいまのところ確認のしようがないと思いますので、そういう意味で「あってないようなもの」と書きました。

 

 

 

 

 

現状、私自身やいらしてくださる方も含めた身の回りの人たちも、まばらにですが負荷を負い始めたように感じます。

 

 

 

いま現象化している負荷(カルマ、歪み、問題)は、主に身体的なものです。

 

 

 

夏場の疲れや無理や不摂生の結果かもしれませんが、出てきているものは身体的なものばかりではありませんし、混ざり合って現象化していることもあるとおもうので、もう少し様子を見ていきたいと思います。

 

 

 

ただ、この状況がさらに進展すると、これから2〜3ヶ月で世の中の様相は一変していく可能性が高いと感じています。

 

 

 

それを前提にいまやるべきことを書いておくならば、全体(実存以下、私たちエゴのみならずすべての神様を含む)として、およそ2段階境涯を上げる必要があるようです。

 

 

 

2段階というのは、

 

・死ぬほどやる

 

・限界まで取り組む

 

・ベストを尽くす

 

こうしたことを2回はクリアするということで、負荷を感じていてもいつもと変わらず過ごせ、普通に動き回れたなら、ある程度クリアできたといえると思います。

 

 

 

平常心ですね。

 

 

 

 

 

上位意識を使わない限り正解は見えてこない』、ということがあります。

 

 

 

負荷を感じる、歪みが現れる、というのは、自分に問題が起こる、ということですが、その問題を解決するのに、エゴの判断だけでは正解は見えてきません。

 

 

 

上位意識とのつながりをつよく信じ、目の前の問題に真剣に取り組むこと。

 

 

 

取り組む際には、少しでもよりよくしていくことを心がけます。

 

 

 

全体の境涯が短期間に上がるということは、全体の歪みが急速に解消されていくということになります。

 

 

 

限られた時間で結果を残すために、片っ端から問題が解決されていくとすれば、影響力の強いところが優先されることになります。

 

 

 

力の弱い存在や方向性を出していない(カルマを少なくしようとしていない)存在は、よりつよい存在の動向や境遇に影響を受けて大きく振り回されることもあると思います。

 

 

  

約3か月という期間が23日を皮切りに始まっていますので、負荷を感じている方は、「あきらめない」「くさらない」、そしていま目の前のことをやりきるよう努めてください。

 

 

 

 

 

過去に、「時間がない」や、「できるうちにできるだけレベルを上げられるよう頑張りましょう」と発信をしてきましたが、ここにきて改めてそういうことをお伝えしておいたほうがいいと思い、いまこうしてブログを書いています。

 

 

  

自分の意思で取り組んでレベルが上がるのならば、世の中がどうであろうとムダにはなりません。

 

 

 

負荷を感じることはこれまでもあったと思いますが、今回書いていることは、23日以降のお話になります

 

 

 

これまで書いてきたこともそうですが、今回の内容や今後掲載していく内容について、トンデモ話に思えるようなことであっても、私はその情報が正しいと信じているので書くことにしています。

 

 

 

しかし、これまでしつこく書いてきたように、

 

・鵜呑みしない

 

・誰が言っているかではなく何を言っているか

 

・自分で判断する

 

ということを心がけて読むようにして下さい。

 

 

 

そして、「正しいものが正しい」といえるかどうか、丁寧にその内容を読み解き考えていただくといいと思います。

 

 

 

私は覚醒しているわけではありませんので、エゴで書いています。

 

 

 

それはもちろん、全てが見えているわけではないですし、間違えることもある、ということです。

 

 

 

自分のやったことしか自分には返ってきませんが、内容をはき違えたり、間違ったものを信じて突き進んだ場合、行動に移したその人にその結果はすべて返ってくるということでもあります。

 

 

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

写真は、息子が描いた虫たちの絵です。

 

 

 

オオミズアオという蛾をご存知でしょうか。

 

 

 

きれいな白っぽい大きな蛾です。

 

 

 

先日、セミの死骸と併せて、息子がその死骸を見つけて持ち帰っていました。

 

 

 

夜中に私が一人帰宅して家に入ると、部屋の電気をつけた足元にそれらが置いてあるのを見つけ、一瞬ギョッとしました。

 

 

 

退屈しない毎日です。 

 

 

 

 

 

その一

私の上位意識とひろかねさんとのやりとりから得た情報と、それをもとに考えている現状のことなど、今回から何回かにわけて書いていこうと思います。

 

 

 

タイトルが浮かばなかったので、シンプルに「その一」としておきます。

 

 

 

前回書いた内容に至る経緯を大まかに知っていただいた方が、より分かりやすいと思い、これまで書いてこなかったものを、すこしまとめながら書いていこうと考えています。

 

 

 

いらしてくださった方の多くは、一にいらした際に聞いた内容が多く含まれることになるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

簡単に書くと、

 

・大本教の予言が始まった

 

・ひろかねさんが艮の金神

 

・これまで一(はじめ)でお伝えしてきた考え方は、神一厘の法則である

 

ということになります。

 

 

 

 

 

一(はじめ)を開業して以来、近隣のみならず、宇宙全史でのご縁があって、全国各地から施術を受けたり話を聞きに、わざわざお越し下さる方達がいらっしゃいます。

 

 

 

そのようにしてご来院して下さった方の中に、私の上位意識が「この人から話を聞きなさい」と、わざわざ一言あった方がいらっしゃいました。

 

 

 

それが、これまで何度も書いている、ひろかねさんでした。

 

 

 

これまでブログで書いてきた内容の大半(初期の頃を除く)は、ほぼ、このひろかねさんから指導を受けた内容を、私なりにまとめたものです。

 

 

 

これまで2年以上かけて、私は指導を受けてきたのですが、その過程で明らかになってきた情報がいくつもありました。

 

 

 

すでに書きましたが、その一つが、ひろかねさんの正体です。

 

 

 

 

 

以前ここで、「日月神事 神一厘のシナリオ」というタイトルで書かれているサイトをご紹介したことがあります。

 

 

 

そこで書かれている内容は、おおまかに現状と今後を知ってもらう上で参考になると思い、ご紹介させていただきました。

 

 

 

それと関連しているもので、私自身が気になり何度も目を通してきたものが、宇宙全史の他にあり、これも以前少しだけブログの中で触れたと思うのですが、それが大本教の「大本神諭」です。

 

 

 

そこに登場するのが、「艮の金神(うしとらのこんじん)」という神様で、なんと、ひろかねさんがその艮の金神であると、私の神様から教えられました。

 

 

 

ひろかねさんが、この宇宙でとても偉い神様だというのです。

 

(これだけで、エゴは大喜びですね。)

 

 

 

そしてさらに、ひろかねさんから私が教わったものが、「神一厘の法則」と呼ばれるものだということでした。

 

 

 

このことも私の神さまに確認をとっており、神様からは当初、「第二の易行道だよ」といわれています。

 

 

 

 

 

「大本神諭」はいわゆる予言書です。

 

・これから天地がひっくり返るような世の中の大改革が行われるようになる

 

・それまでに大きく歪んでしまった自分たちの魂を改心させておくこと

 

・そして少しでもカルマを解消してその時期に備え、新しい世界を作る手伝いができるようにしておくように

 

というような内容が書かれています。

 

 

 

同じような事が少しずつ内容を変えて書かれているのですが、いくつもの可能性のパターンを書いてあるとのことでした。

 

 

 

印象的なキーワードがいくつかあります。

 

 

 

ネット上で大本教関係の文章や日月神示などを見てきたことと、私の物覚えが悪いこともあり、どこに何が書いてあったのかは把握できていません。

 

 

 

ただ、「二度目の岩戸開き」「根本の世の立替立直し」「一度に開く梅の花」、といった言葉など、宇宙全史やその非公開情報9と絡めて、言葉や書かれている内容が繋がりをもって意味を教えてくれたように感じています。

 

 

 

 

 

とりあえず、今回はここまでとします。

 

 

 

特別視を減らしていきましょうね、とこれまでお伝えしてきたにもかかわらず、今回からはことさら特別視を強化しかねない内容となっています。

 

 

 

しかし、特別視がどういうものか考えるきっかけにもなりますので、疑問を感じる方はご自身で一度考えてみてください。

 

 

 

 


 

その二

前回は、初めて話を聞く方には突拍子もない内容だったと思いますが、最初からそういったことがわかったわけではありませんでした。

 

 

 

ひろかねさんから私の神さまへの問いかけだったり、私が聞いていると何気なく思えるような神さまからの言葉に大事なヒントが隠されていたりして、そうしたことの繰り返しから、一つ一つ明らかにされていきました。

 

 

 

 

 

ひろかねさんの取り組みで一貫しているのは、「いまをよくするためにどうしたらいいか」と理屈で考えることでした。

 

 

 

一方、神さまの反応としてずっと繰り返されてきたのは、「計画はうまく進んでいる」でした。

 

 

 

結果的に、上位の神さまの思惑として、うまく進んでいたようです。

 

 

 

 

 

2015年の12月、ひろかねさんは一度覚醒体験をされます。

 

 

 

この時、私の神さまに確認をとり、その状況を教えていただいています。

 

 

 

ひろかねさんがある境涯に達したことで、この時は一番上のチャクラだけひらいた、ということでした。

 

 

 

しかし、境涯があまりに高いこともあり、その衝撃は上の世界で強烈だったらしく、私たちの守護神クラスでは、「あ~、上の方で雷が鳴っているな」くらいにしか分からなかったそうです。

 

 

 

この時点で地球霊界のトップは確定、ということでした。

 

 

 

 

 

この時点で神さまたちの計画の見直しがなされ、当初計画していたよりももっといい結果を求めて、計画を練り直すことになったようです。

 

 

 

私たちからすると、神さまの計画というのは完璧で一貫して変わらず想定した通りのことが起こっていき、変更することなんてありえない、と思えるかもしれませんが、私が自分の神さまとのやりとりからわかってきたのは、全体がよくなる可能性があれば、見直しは大事な場面で常にされるようです。

 

 

 

 

  

ここで、ひろかねさんのチャクラは、「計画があるから」という理由で一旦閉じられます。

 

 

 

つまり、もう一度開く予定がある、ということです。

 

 

 

これが二度目の岩戸開きの話であり、非公開情報9に関する話でもあります。

 

 

 

しかし、次に開くのがいつなのか明確な答えがないまま閉じられたため、そこから私の神さまとのやりとりで時期が絞られ確定します。

 

 

 

 

 

結果、そのタイミングで開きませんでした。

 

 

 

「計画があるから」ということでチャクラを閉じられた状態は、ひろかねさんに無理を強いる状態でもありましたが、私の神さまに話をしても「ゴニョゴニョ」というだけでらちがあきません。

 

 

 

そのため、自分で開くために何ができるか考えたところ、因果律を歪めるようなことができるのは月読の大神くらいしかいない、という結論に達し、神さまたちの思惑通り、直談判で宇宙全史のBBSへの書き込むことになります。

 

 

 

 

 

この時に宇宙全史のBBSにひろかねさんが書き込んだものを、私の神さまは「これからの宇宙の教科書」といっていました。

 

 

 

 

 

その後、新たな状況がわかり、その問題を解決することで、ひろかねさんの立ち位置はオーム宇宙のトップということになっていきます。

 

 

 

もともとそれを決めるためにこの地球は作られた、とこの時は神さまから話がありました。

 

 

 

二元性を使って二元性を越えていく、その方法を実践しだれでもできる形で確立したから、というのがトップの理由のようです。

 

 

 

 

 

そこからもまだいろいろとあり、実存以下の神さまも含め、今回を機に宇宙全体の歪みをとることが本来の目的であった、と知ることとなりました。

 

 

 

 

 

ひろかねさんとある存在とのやり取りの結果、その許可もあって、この宇宙を潰してつくり変えるか、いまいる神さまたちが改心して2段階レベルアップすることで存続するか、どちらかを選びなさい、という状況になっています。

 

 

 

 

 

一度潰してつくり変えたほうが、いまより1段階いいものになるそうです。

 

 

 

しかし、存続するならばそれよりいいものでなければ残す意味もない、ということで2段階あげなさいよ、ということでした。

 

 

 

期限を決めないとずるずるいってしまうため、許可がでてから3カ月ということになり、あちらの世界では大変な騒ぎになっていると思われます。

 

 

 

しかし、期限を決めてレベルアップしなくてはいけないいまの状況について明確に分かるのは上の神さまたちだけで、下位の神さまたちでは、なにか大変な事になっているから急いで色々やらなくてはいけないみたいだ、という程度かもしれません。

 

 

 

現象化するには時間差があると思いますので、そのまま3カ月というわけにはいきませんが、私たちも同様に2段階境涯を上げていかないことには、選択肢のない運命を選びとっていくことになるのだと思います。

 

 

 

 

 

その三

ある時期、いらしてくださった方にだけお話してきたことがあります。

 

 

 

それは、

 

「一(はじめ)に来たら合格」

 

というものです。

 

 

 

昨年の冬至頃、ひろかねさんの文章がBBSに掲載された後、

 

「あの文章を見て、一(はじめ)に来た人は合格」

 

という話が神さまからありました。

 

 

 

期間に関して最初はっきりしませんでしたが、今年の夏至を一つ区切りとして、締め切られています。

 

 

 

試験内容は、

 

「正しいものが正しいとわかるかどうか」

 

 

 

ひろかねさんの文章を見て、嫌悪感や拒否反応が出るようだと、指導を受けている私のところにも来ることはありません。

 

 

 

この地球で進化成長を求めて幾度も転生をしてきた中で、私たちは様々な学びを繰り返してきたはずです。

 

 

 

その学びの集大成として、正しいものが正しい、そう判断できるレベルになっていれば合格ですよ、というのが神さまサイドの見解でした。

 

 

 

しかし、いらした方の中で実際にそこまで明確に「正しい」と確信していらした方は、いらっしゃいませんでした。

 

 

 

「よくわからないけれど、来て話を聞いたら納得」、という方が大半でした。

 

 

 

 

 

今回の宇宙で神さまたちに対して問題になっているのは、エネルギーを増やすことでの進化はしてきたものの、自由を認めることがきちんと指導できてこなかったことで、歪みを多分に増やしてしまったということがあります。

 

 

 

あと、またやり直せばいい、という考え方です。

 

 

 

結果、それぞれに原因があって歪みが増えすぎ、この宇宙がどうにもならなくなってきてしまったわけです。

 

 

 

歪みが増えすぎるとなにが起こるかといえば、正しい進化をしなくなっていくということです。

 

 

 

停滞してしまい、歪んだエネルギーが増え続けてしまっては、これ以上の進化が見込めないため、私たちに対して出された課題も、そこから立て直しができる要素をもっている魂を選び出すことが、目的だったのかもしれません。

 

 

 

何度調べてもなかなか見つからないため引用が雑になりますが、大本神諭の中に「東の一の番頭のところに挨拶いけよ」ということが書かれているのを見つけたことがあります。

 

 

 

これが試験のことを指しており、東京の一(はじめ)の私のところに試験期間にいらした方は、全員ではありませんがそこから一つ縁ができています。

 

 

 

この縁というのが、非公開情報9にあったAさんのお話にでてくる「縁」です。

 

 

 

合格するとどうなるかといえば、この地球に残る可能性が高くなる、というところでしょうか。

 

 

 

その方の段階にもよるので一概にはいえませんが、境涯をあげやすくなる機会に恵まれる、ということになります。

 

 

 

その具体的な機会にたどり着けた方は、やはり全員ではありません。

 

 

 

上記の「縁」とも関係するお話ですので、次回はそのことについて書こうと思います。

 

 

 

 

 

その四

前回書いた「縁」についてです。

 

 

 

非公開情報9について、私の神さまからのお話を書いておきます。

 

 

 

 

 

非公開情報9では、Aさんという方が登場し、そのAさんが高い覚醒をすることで世界移動がおこり、縁のある人が引き上げられました、というお話が書かれていました。

 

 

 

 

 

このAさんについて、私の上位意識である神さまは、「不特定多数の総称」という言い方をします。

 

 

 

「こういう人が現れて、こういうことをすると、こういうことが起こるよ」という一種の例え話で、月読の大神からの恩寵としての情報だというのです。

 

 

 

そのため、すでに終わってしまった話ではなく、これから起こる事象を前もって教えてくれた、という意味だと私は解釈しました。

 

 

 

 

 

BBS上だったか忘れましたが、「Aさんと縁を持つことで、私たちは引き上げてもらえる」、という風に書かれていたと思います。

 

 

 

これから高い覚醒をするAさんとは誰か、そのAさんと縁を持つにはどうすればいいのか、それによってどういうことになるのか。

 

 

 

こうしたことがわからないと、この非公開情報9のAさんのお話は、はほぼ意味をなさない情報です。

 

 

 

しかし、この情報を目にしたとき、私はこのAさんに該当する人物に心当たりがあり、縁についてもどういう意味か分かりました。

 

 

 

 

 

ひろかねさんは、一度覚醒体験をされています。

 

 

 

それも、非常に高い覚醒体験であったことが、私の神さまから教えられていたことでした。

 

 

 

そのひろかねさんは、ご本人の上位意識から「計画があるから」ということで、あの時点でチャクラを閉じられています。

 

 

 

これは、計画に従ってまた開く予定がある、ということなので、現状カルマも解消されていることから、今度覚醒するときは一時的なものではなく、本格的な覚醒になる予定です。

 

 

 

これが前も書きましたが、二度目の岩戸開きのお話です。

 

 

 

ですから、よくわからない誰かを探したり考える必要はなく、ひろかねさんで間違いないという確信がありました。

 

 

 

 

 

次に「縁」です。

 

 

 

縁を持たなくてはいけない、と言われると、知り合いにならなくてはいけない、とか、過去生で関係があったんじゃないか、など、さまざまなことを考えますが、この場合の縁とは、生きる際の方向性のことです。

 

 

 

Aさんと縁がある、というのは、Aさんと同じ方向性をだして生きている、ということになります。

 

 

 

 

 

原因と結果の関係で考えるとわかるように、正しい取り組みをしないと、正しい結果はでません。

 

 

 

まちがった取り組みをして、正しい結果がでることはありません。

 

 

 

覚醒という結果がでたということは、覚醒できるなりの取り組みができていた、ということです。

 

 

 

さらに高い覚醒を果たした、ということは、より的確な取り組みがなされたからに他なりません。

 

 

 

 

 

その取り組み方を知り、学び、理解し、実践できたなら、私たちはAさんと方向性をよりしっかりと合わせることになり、縁はより強いものとなります。

 

 

 

そして、Aさんの覚醒するタイミングに合わせて、その取り組みの結果が現象化する、ということが非公開情報に書かれていた内容の私の解釈です。

 

 

 

 

 

Aさんをひろかねさんと考えた私は、ひろかねさんから教わってきたことがこの場合の縁そのものであるとわかりました。

 

 

 

ですので、教わったことを少しでも理解して実践できることが大事であると思い、日々過ごしています。

 

 

 

そして、皆さんにも縁をもっていただけるよう、ブログで情報発信をしてきました。

 

 

 

 

 

試験期間中であることは伝えられませんので、ほのめかす程度の内容ばかり続きましたが、それでも気づく方はなんとなく気づいてご来院くださっています。

 

 

 

上位意識ほど意味の無いことはしません。

 

 

 

「伝」も同じです。

 

 

 

読み返していただければ、キチンと働きかけがあったことがわかっていただけると思います。

 

 

 

それを軽く扱ったか、真剣に読み込もうとしたかで、結果はとんでもなく大きく変っていきます。

 

 

 

 

 

すこしそれますが、上位意識の指導を受ける際は、言葉をことさらに丁寧に受け取るようにしてください。

 

 

 

高い意識レベルの存在ほど、無駄なことはいいませんし些細なことに私たちから思えるようなことや、何気ない一言など、実はすべて意味があるということになります。

 

 

 

逆をいえば、意識レベルが低いほど、意味の無いこと、無駄なことを話したり動いたりしている、ともいえます。

 

 

 

「受ける際は」と書きましたが、実際は普段から心がけていないと、その時大事にすることはできません。

 

 

 

上位意識なのですから、自分より物がわかっている存在の発言の真意を、適当に聞いてわかるはずがないのです。

 

 

 

私もまだできていませんが、自覚できれば皆さんの今後の役に立つことだと思いますので、書き残しておきます。

 

 

 

 

 

ベストを尽くす、限界までやる、も同様です。

 

 

 

必要がなければ常にそうすることもないのですが、覚醒していない状態はカルマがある状態です。

 

 

 

もっと必死に生きてこないと、実は甘かった、ということを、これから自覚することになるかもしれません。

 

 

 

 

 

意識レベルを上げるには、方向性を出しながら上位意識を信じて集中して取り組めることを、なるべく多くやることです。

 

 

 

上位意識とのつながりが得られて、よりしっかりとしたインスピレーションを受け取りやすくなっていきます。

 

 

 

遊びやゲームで集中しやすいということもありますが、方向性をださないでふけっているだけだと、エゴが働かなかったとしても、実生活で役に立つような具体的成長につながることはないでしょう。

 

 

 

日常生活ひとつひとつを問題なく取り組めるようにしていくことです。

 

 

 

 

 

ずいぶん前にも書きましたが、意識レベルが上がるというのは、普通になっていくことです。

 

 

 

実生活の問題を少しでも減らして、普通に毎日過ごせるよう、いまできることをやるといいと思います。

 

 

 

思いと行動にズレがあるとウソがあるということになるので、大事だと思うことを素直に大事だと思って取り組めるかどうかもチェックしてみて下さい。

 

 

 

大事だと思えないのであれば、それは理屈でどこかおかしいところがあるのかもしれませんので、立ち止まって考えるポイントとなります。

 

 

 

わからなければ、聞きにいらしてください。

 

 

 

 

 

写真は、娘作「こいのぼり」だそうです。

 

 

 

 

 

その五

試験期間にご来院いただいた方で、ひろかねさんと電話でお話する機会を得た方たちがいらっしゃいました。

 

 

 

そうした方たちは、ご自身のエゴに気づく機会にもなり、カルマを解消するきっかけを得て、意識レベルの向上をそれぞれの段階で果たしています。

 

 

 

ひろかねさんとお話することで、境涯を上げるきっかけを得た方たちの中には、私の神さまとの確認で、今後チャクラがひらく可能性が出てきた方も複数いらっしゃいます。

 

                   

 

 

 

覚醒をしなくても、考え方を修正して意識レベルが上がる方もいますし、集合魂としてある一定の境涯まで到達するきっかけを得ているケースもあったり、方向性を少しは出せるようになったりするなど、それぞれに変化やその兆しがみられますので、今後どういう結果が現れるのか、非常に楽しみです。

 

 

 

 

 

私の指導は、ひろかねさんから教わったことをもとに、行っています。

 

 

 

先日BBSで、宇宙全史の講師は陰始の影響度が少ない、とも書かれていましたので、限られた期間であるならば、今できることとしてご来院いただくことは、意識レベルを上げるために非常に有効だと思います。

 

 

 

いまのところ、施術を受けにいらしていただき縁があれば、ひろかねさんとまだお話できるかもしれません。

 

 

 

どうするかはご自身で判断してください。

 

 

 

 

 

限られた期間に宇宙全体の境涯を2段階上げなくてはいけない、という状況で、歪んだエゴでカルマを増やし続けることは、いまこの時期には神様たちの取り組みに対してかなり迷惑な行いです。

 

 

 

一方、歪みを解消する取り組みを意識的にできていれば、神さまや全体と方向性が一致するため、今この時期にカルマ解消に取り組むのは、非常に効率がいいかもしれません。

 

 

 

ただ、現状で神さまの助けをあてにしている人は、この先大変だと思います。

 

 

 

自分の都合で考えるように助けてもらえるという発想は、おそらく通じなくなると思います。

 

(この事については、次回書くようにします。)

 

 

 

 

 

私自身、ひろかねさんとお話することで、境涯を上げていただいた経緯があります。

 

 

 

それは、ご指導いただいたこともそうですし、ひろかねさんから神さまへの質問に神さまが答えられないと、話ができる神さまに代わります。

 

 

 

つまり、より上の神さまが出てくることになります。

 

 

 

神さまも計画があってひろかねさんと関わるため、なにかしらの思惑があるようですが、私のレベルが低いままだと、取次役の仕事が果たせません。

 

 

 

そのため私自身、なんども回線工事のようなことをされていたようです。

 

 

 

その繰り返しもあって、役目を果たすことで境涯を同時に上げてもらっていたようでした。

 

 

 

 

 

境涯が上がることで、つながる私の神さまも変わっていきました。

 

 

 

最初はよくわかりませんでしたが、徐々に白ベースの神さまから黒もまじった神さまに変わっていき、最終的には実存を越えたところの神さまということになっています。

 

 

 

 

 

この宇宙は、実存より上の根源からでてきた複数の神さまたちが、実存以下の世界を指導しているのだそうです。

 

 

 

神さまのお話では、皆さんご存知の月読の大神も、ここに含まれるそうです。

 

 

 

 

 

ここまで思いつくまま書いているので、内容が時系列になっていないところもありわかりづらいかもしれませんが、ご容赦ください。

 

 

 

今後も、こんな感じで取り急ぎ書き上げていきます。

 

 

 

 

 

閲覧者数が倍増しているので、興味を持って読んでくださっている方がいるようですね。

 

 

 

危機感をあおって予約を増やそうとする悪どい人に見えているかもしれませんが、ウソを書いているつもりはありませんし、結果をみて実際にここに書いている通りになれば事実を告げていただけの事となります。

 

 

 

しかし、「結果が出てからでは遅すぎる」と、ひろかねさんがBBSで書いたように、実際にそのようになる場合、結果を見届けてから判断するような悠長なことをしている時間はありません。

 

 

 

判断がつかないものを無理に信じて下さいとは言いません。

 

 

 

いらした方にお伝えしている取り組み自体は、特別なことを推奨するようなものではありませんし、むしろエゴが興味を示さないような地道なことだったりします。

 

 

 

しかし、これまで来ていただいてお伝えしたことを信じて取り組んでくださった方の意識レベルが上がったと思われるケースはそれなりにあるとおもっていますので、万が一書いた状況と異なる結果になるとしても、あとで無駄になったり損をするものではないことをお伝えしているつもりです。

 

 

 

自分の人生ですので、後悔なく生きていただきたいですし、そのためには自分で判断しなくてはいけません。

 

 

 

後悔のない生き方を皆さんにも自分自身にも望む者として、ここに書いたことを一度は真剣に読み、真剣に考え、納得いくまで考え、自分なりの後悔のない判断をしていただきたいと思います。

 

 

 

予約が今後急速に埋まる可能性がありますので、ご自身の判断で必要だと思えば早めにご予約を入れていただくといいと思います。

 

 

 

次回更新は明日を予定していますので、お楽しみに!

 

 

 

 

      

写真は、息子作「鬼太郎」です。

 

 

 

 

 

その六

上位意識の視点がわからないと、納得いかないことがあります。

 

 

 

神さまを聖人の延長のようにとらえていると、

 

 

 

「なるべく多くの人間を生き残らせることが重要と神(上位意識たち)は考えているに違いない」

 

 

 

と、勝手な都合と思い込みで考えるかもしれません。

 

 

 

 

 

しかし、私がひろかねさんから教えられた神さまたち(主に実存より上の神々)の感じでは、人がたくさん死ぬかどうかはあまり問題視していないようです。

 

 

 

なぜなら、

 

・魂は永遠だから、肉体が無くなっても状態が変わるだけ

 

・死ぬと消滅すると思っているのは、エゴが勝手にそう思っているにすぎない

 

・実際に死んだら意識が残ることがわかるから、全体で歪みが増すのでなければとりあえずOK

 

という風に考えているようだからです。

 

 

 

 

 

現在は23日からの計画の変更に伴い、実存とその下のクラスの上位意識の存在たちは非常に危機感をもって、それぞれのなすべきことに取り組んでいるはずです。

 

(※「実存レベルの神」と「実存より上の神」は、段階がちがいます。混同しないよう、ご注意ください。実存よりさらに下に、オーム宇宙レベルの段階、もっと下に地球霊界があり、通常はその世界の守護霊さん・守護神さんがエゴの私たちを指導しています。)

 

 

 

 

 

「世の中が大変になるといっても、自分になにかあれば、神さまが助けてくれる」

 

 

 

そう思い込んでいる方もいるかもしれませんが、なにもしないままそれを期待するのは甘いと思います。

 

 

 

今回の計画変更によって生じた今の状況は、おそらく神々であっても過去に経験したことがない事態です。

 

 

 

ですから、これまで私たちを指導してきた守護霊や守護神とよばれる神さまたちも、いまは能力を目いっぱい使った取り組みをせざるを得ず、余裕がないはずで

す。

 

 

 

依存心がつよく、大して真剣に取り組んでもいないエゴを助けるために、神自らの存続がかかった限られた時間を減らしてまで、わざわざ助けてくれるでしょうか。

 

 

 

 

 

けっこう前にも書いたような気がしますが、神に限らず、みんな自分のことが手一杯の状況で、周りを気遣える余裕のある人は、ほとんどいないと考えるのが普通ではないでしょうか。

 

 

 

 

  

全体として歪みを減らさないと、今出されているレベルアップの課題をクリアすることはできません。

 

 

 

歪みを解消する方向で取り組んでいればいいのですが、解消しようとしないエゴは、むしろ新たな歪みをつくり続けます。

 

 

 

時間がたっぷりあればいいのですが、短期で結果を出さなくてはいけないのであれば、そういう段階のエゴが残っているとかえって全体に実害をもたらします。

 

 

 

助けるよりは、負荷をかけて解消しながらけじめをつけさせる、そういう選択をその方の上位意識はするかもしれません。

 

 

 

正しい方向性を見出そうとせず、エゴを薄くできていないと、そういう可能性があります。

 

 

 

 

 

古くからいろいろな宗教などで、私たちは神の子である、とか、分霊である、など、神と関連付けてその本性らしきものが語られてきました。

 

 

 

今回、そのことをよく理解して実践することが、求められています。

 

 

 

この地球に残るには、それができないと難しいでしょう。

 

 

 

そのこととは、これまでもお伝えしてきた、

 

 

 

『自らが運命の創造主である』

 

 

 

ということです。

 

 

 

 

 

「自分の運命を自分で作っているのだから、いい加減、自分のことくらい自分でなんとかできるようになれよ」

 

 

 

というメッセージが、今のこの状況に込められているようにも思えます。

 

 

 

自らの可能性を知り、それを信じて実践し、やり切った時、おそらく今回の大きな正念場をそれぞれが乗り越えていくことになります。

 

 

 

(今後の地球の意味については、また次回かそれ以降で書きたいと思います)

 

 

 

 

 

写真の絵に描かれているカワセミは、息子の通学路近くを流れる川でみかけたものです。 

 

 

 

 

 

その七

昨日だとおもうのですが、宇宙全史の講師欄から私の名前が削除されたので、宇宙全史に関して私は一読者としての立場でお話を進めることになります。

 

 

 

 

 

ひろかねさんと神さまのやりとりでみえてきた地球の今後についてです。

 

 

 

これは、「ひろかねさんがオーム宇宙のトップ」といわれた頃に得られた情報です。

 

 

 

今回の大変革で、私たちは大きくわけて3つの選択肢に振り分けられることになります。

 

①ユートピア

 

②ディセンション

 

③宇宙の進化の最前線としての地球

 

 

 

 

 

宇宙全史別巻に書かれていた内容を踏まえて考えると、③の一つ選択肢が増えただけのように見えますが、実は②のディセンション以外は、大きく内容が異なります。

 

 

 

②のディセンションは、今よりはるかに生きづらい世界への移行です。

 

 

 

次に①のユートピアですが、別巻に書かれていたユートピアと呼ばれる環境は変わりませんが、それはこの地球ではなく、他の星になるようです。

 

 

 

そして、③の宇宙の進化の最前線としての地球というのは、これまでのクズの集まりと呼ばれる状況から一変し、この宇宙で進化の先駆けや向上心のつよい存在たちが、進化の最終地点に到達するための最後の場所として集まってくる、そんな星になるそうです。

 

 

 

とてもレベルが高い場所、という事になります。

 

 

 

ですので、今までの地球とは境涯が違いすぎるため、地球がその境涯に達すると、これまでのように地球にとどまり続けることは困難になる人が続出します。

 

 

 

 

 

神さまの話では、地球に残れる可能性がある人の数は現状全人口の1割あるかないかほどで、今後の展開によってはもう少し増えるかしれない、とのことでした。

 

 

 

この地球に残れる人の条件は、

 

・レベルが低くても、今をよりよく生きることで、境涯を上げていける人

 

・正しい方向性を出せて取り組めている人

 

・神さまや上位意識、見えない世界を信じられる人

 

これがすべてではありませんが、こうしたことが挙げられます。

 

 

 

 

 

次回は、なぜ③のような場所に地球がなったのか、ということを書きたいと思います。

 

 

 

 

その八

地球が③のような場所になった理由についてです。

 

 

 

この宇宙で一番いい場所になったということですが、その理由はひろかねさんの取り組みの結果です。

 

 

 

 

 

ひろかねさんが一度覚醒を果たした時、実存を見る、という体験をされています。

 

 

 

今回私は初めて知ったのは、私たち進化成長を求める魂のこの宇宙(実存より下の世界)の最終到達レベルは、この「実存を見る」だそうです。

 

 

 

今回ひろかねさんが結果をだしたことで、実存を見るための取り組み方ができあがりました。(その方法はこれまでブログでお伝えしてきたことなどです。)

 

 

 

この宇宙の最終到達地点に行く方法が地球にあるため、これからはこの宇宙で一番実存に近いところとして、宇宙のあちこちから意識レベルの高い存在たちが進化の集大成を目指し集まってくることになるそうです。

 

 

 

そのため、地球はとてもレベルが高いところになるため、よりよくという方向性を出して成長を志していない存在は、地球には残れなくなるということになります。

 

 

 

 

 

ここでポイントは、多少意識レベルが低くても、残れる可能性はあるという点です。

 

 

 

よりよくという方向性さえ出せていれば、転生を繰り返しながらいつかはゴールに到達できます。

 

 

 

しかし、例えレベルが高くても、現状維持に囚われていてはゴールすることができません。

 

 

 

方向性をだすことの理解が、すこし深まるでしょうか。

 

 

 

 

 

そこに至る過程として、ひろかねさんは私のように上位意識とのわかりやすいコミュニケーションがとれない状態で、自分の判断と手探りでの取り組みを続けてきました。

 

 

 

霊感的なものがない一般の人と同じ、といういい方をしたほうが分かりやすいでしょうか。

 

 

 

通常の私たちよりもかなり厳しくチャクラに蓋をされていたようで、エゴをくすぐるような特殊な体験や、きれいなビジョンが見えたり、言葉が聞こえたり、といったことはほぼなく、自分で考えて正しい判断を繰り返していかないと潰れてしまう環境で、ラッキーや恩寵のようなものは期待できない人生だったそうです。

 

 

 

 

 

自分の幸せをあきらめないで求め続けた生き方であり、正しい方向に進むために正しい理屈でものごとを考えることで、これまで過ごしてきています。

 

 

 

負荷をかけ続けられても歪まない、このことが神さまたちからすると、その人の境涯を確認する一つの指標になっているようだ、ということがわかってきました。

 

 

 

 

 

すこしそれますが、今回私は講師欄から削除されたことで動揺されている方もいますが、これも同じです。

 

 

 

こういった気持ちが揺れ動くようなことが起きたとき、私たちの上位意識は平常心を保てるかどうかで私たちの成長度合いや境涯をチェックし、判断材料にしていくのだと思います。

 

 

 

なんの判断材料かといえば、チャクラを開くかどうか、です。

 

 

 

 

 

そして、仮にチャクラをある段階まで開くことがあっても、この現象界は可能性の世界であるため、歪みを増やすことや上位意識の計画を邪魔するようなことをすると、チャクラは閉じられ意識レベルが下がることは普通に起こりうることです。

 

 

 

エゴの整理がキチンとできていないままチャクラが開くと、間違った判断をすることもあります。

 

 

 

チャクラがひらいていることで通常よりエネルギーが多いのですが、その状態でまちがったことをした場合、通常以上の歪みをつくることになるため、かえっておかしくなる可能性があります。

 

 

 

ですから、チャクラが開く可能性があると分かっている方は、開くまでにできるだけエゴを薄くする、歪んだ思いこみを改善する、そういったことをしておくといいですし、エゴの整理ができているほど、開いた時の意識レベルの上昇率は高くなるそうです。

 

 

 

 

 

話を戻します。

 

 

 

負荷をかけ続けられても歪まないことで、ひろかねさんの境涯は上がっていきました。

 

 

 

どんなときでも通用する理屈で考えられるようになることで、実存を見る境涯にまで達したのでした。

 

 

 

この宇宙は二元性の宇宙といわれることがありますが、性質を大きく分けると白と黒という特性がエゴにもあります。

 

 

 

それを上手に使い分けて、ほぼエゴの自力で二元性を越えて実存に至ることを成し遂げることにより、誰でもできる、ということを実証したことになるのでした。

 

 

  

・よりよく生きる方向性を出す

 

・エゴを薄くしてカルマを減らす

 

・上位意識と繋がることで、より正しい判断をできるようにしていく

 

・否定を減らすことで全肯定を目指す

 

 

 

みなと同じエゴの状態で、このような取り組みや考え方を使って結果を出した時点で、だれでもできるやり方を確立したことになります。

 

 

 

おそらく集合意識にもその体験をとおした情報は届いているため、それぞれのレベルに応じて、ひろかねさんの取り組みや考え方の断片を気づきとして得る方も増えると思います。

 

 

 

このようにして、二元性を越えて実存をみる方法がこの地球にはある、ということになったため、最終的な進化の場所として地球はなったのでした。

 

 

 

 

 

最近の更新について

最近ひろかねさんを持ち上げるようなことを書きまくっていますが、ひろかねさんに関することを書くのは、いまに始まったことではありません。

 

 

 

これまでは私の上位意識から制限されていたため、名前は出さないものの、内容はひろかねさんから教わったものを書いてきています。

 

 

 

ひろかねさんと直接お話をされたことがある方は、書かれた文章とは違う印象を持たれたかもしれませんが、お話されたことの無い方でこれまで私のブログを読んで納得されていた方でも、BBSのひろかねさんの文章をみると途端に判断がつかなくなって不安になった方がいるようです。

 

 

 

まずは落ち着いた状態で自分なりに読み返して考えてみて下さい。

 

 

 

軽くパニックになり、自分を見失った状態で慌てて人の話を聞いてしまうと、判断がつかない状態ですので鵜呑みにしてしまい、ますます正しい判断ができなくなります。

 

 

 

依存体質の方は特にそうです。

 

 

 

鵜呑みにした話が正しければ問題ありませんが、エゴで答えたものは思い込みが混ざっているため、ある程度その内容を考えて聞く必要があります。 

 

 

 

間違った部分を信じてしまうと、間違った方向に進みます。

 

 

 

自分なりの答えを出してから尋ねるようにすると、それと比較しながら整理できるため、自分なりの判断力が養われますし、その後の自分の力となって「(より)正しい」がわかるようになります。

 

 

 

自分で考えて自分で決める、それが自分を生きていることになりますし、自分の幸せのためには欠かせない取り組みではないでしょうか。

 

 

 

こうしたことひとつひとつの判断が、自分のこれからの運命をつくっていきます。

 

 

 

「正しいものが正しいとわかるかどうか」と書きましたが、これは今後の自分の運命を決めていく際の大事な指標でもあります。

 

 

 

力をつけてしっかりと生きていけるよう、こうした機会を無駄にしないで大事に活用していただくといいと思います。

 

 

 

 

 

明日と明後日は勉強会参加のため時間がないこともあり、ブログの更新は来週を予定しています。

 

 

 

一週間、お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

その九

今回は少し話の流れがちがうかもしれませんが、関係があることなので、「その~」シリーズの流れの中で掲載しておきます。

 

(短くまとめたものに書き足したところ、かえって長くなりました。読みづらかったら、すいません。)

 

 

 

 

 

まず質問ですが、完璧に正しい人や物事を見たことがあるでしょうか?

 

 

 

そして、あなたの判断が絶対正しいと言えるでしょうか。

 

 

 

 

 

エゴの事がわかってくると、それはおかしい、ということがわかってきます。

 

 

 

 

 

覚醒したとしても、エゴは残ります。

 

 

 

エゴが残っているということは、思い込みが残っているということであるため、覚醒したとしても完璧ではないのです。

 

(逆をいえば、その思い込みの度合いによって、覚醒の段階も変わってきます。)

 

 

 

私たちは、まだ完璧を知りません。

 

 

 

ですから、こっちが絶対正しい、あっちが絶対間違っている、という判断を、まだ覚醒すらしていない低い段階の私たちでは、することが出来ないのです。

 

 

 

 

 

しかし、より正しい、より間違いが少ない、そういった判断はできます。

 

 

 

私たちが信じて「より間違いのないもの」は、エゴの判断で話す内容よりは真理や正しい理屈であり、それをキチンと話せる人を通して、そのことを学ぶことで、歪みを減らしていくことができます。

 

 

 

同情というのは、真理や道理よりもエゴの価値観を優先することですが、「誰を」信じるというのは、同情にあたります。

 

 

 

その人の正しい理屈を信じるのであれば大丈夫ですが、「誰」を信じすぎて、その「誰」が間違ったことを言いだしたときに気づかないと、同情に引きずられていきます。

 

 

 

みなさんはどうでしょうか。

 

 

 

 

 

私を信じるとか疑うというのは、みなさん自由があるので好きにやっていただいて構いません。

 

 

 

 

現在、私はエゴ主体で生きている状態ですので、そのレベルに応じた内容で発言したりブログを書いたりしています。

 

 

 

間違えることは普通にありますし、最終的なゴールに到達しない限りは、いつでも転落する可能性もあります。

 

 

 

ですので、大事なことや正しいことが少しでも自分で判断できるように、学びを深めてください。

 

 

 

そこがわからないと、大事な局面で判断を誤ることになります。

 

 

 

今回はかなり重要な局面だと感じているのですが、エゴのチェックをして、憑依されているかどうか考えてみるといいと思います。

 

 

 

判断がつかない方は非常に困ると思うのですが、力をつける機会にもなりますので、簡単にあきらめずに自分なりの答えを出すようにしてください。

 

 

 

 

 

エゴの特性として、影響を受けやすい、ということがあります。

 

 

 

どんな影響を私が受けているのか考えるには、直接お話をするか、私のブログを読んで考えることになると思います。

 

 

 

ブログには、すっごいいいことがけっこう書いてあると思うんですけどね。

 

 

 

間違ったことやおかしなことがはっきりわかれば、考える皆さんも苦労しないと思うのですが、果たしてどうでしょうか。

 

 

 

 

 

判断できる力を磨くうえでとても大事な取り組みは、何度も書いてきたように、エゴのチェックです。

 

 

 

自分の発言も人の発言も、よく考えることでエゴの歪みに気づきやすくなっていきます。

 

 

 

エゴの歪みに気づけると、どの程度のカルマが返ってくるかがわかるようになってきますし、それを少しでも自覚できていれば、平常心を保って対処することもできます。

 

 

 

ただし、そうはいっても私たちはエゴという不完全な状態なので、カルマの具体的な内容や細かな点までは、まずわかりません。

 

 

 

 

 

人を信じてもいいのですが、出す方向性が「今をよりよく」であるなら、正しい道理で話ができる人を信じるといいでしょう。

 

 

 

そのうえで、見えない世界の話を聞いた時、そのことも理屈で正しいかどうか考えられるようになっていきます。

 

 

 

順序が変わると、そうはいきません。

 

 

 

 

 

ひろかねさんに関して、今でこそ艮の金神や宇宙のトップという話が出ていますが、最初からそういう話ではありませんでしたし、むしろ、ひろかねさんからそういうことを自己主張する形で聞くこともありませんでした。

 

 

 

私に対しては、実生活のなかで地道にしっかり生きてきた経験に基づいたお話を、なんどもなんども懇切丁寧にしてくださったのです。

 

 

 

妻のカルマの解消も実際にしていただいたことがあり、説明を聞いてその当たり前の理屈に驚く一方、妻はそこから大きく変っていったのが実感できたので、結果をしっかりだせる考え方である納得できました。

 

 

 

教えてくださることは実生活でキチンと使える内容ですし、難しい理屈や五井先生のお祈りの意味など、子供でも分かるのではないかと思えるくらい、わかりやすく簡単な言葉で話してくれたこともあります。

 

 

 

 

 

BBSでの書き込みは、そのあまりにシンプル過ぎる表現の連続に、理解が追い付いていないだけの方が相当数といいますか、全員の方が気づいていないのではないかと思います。

 

 

 

あそこに書かれているものは、エゴをあぶりだして立ち位置を明確にするための内容と、皆さんの進化成長に欠かせない真理や道理、この二つで主に書かれています。

 

 

 

あの時に結果として、全肯定と全否定に方向性がわかれ、今回それがさらにはっきりしたことになります。

 

 

 

私は五井先生のことが好きですし、全肯定を目指していきたいと思いますので、これからもその内容をお伝えしていこうと思います。

 

 

 

 

ひろかねさんの書いた内容の意味に気付けば、気づいた方はおそらく真っ先にうちに来て、その内容をご自身の口で語り質問もしてくると思うのですが、実際はそうした方はいらっしゃらず、こちらから説明をすることで、徐々に納得してくださった方が多いです。

 

 

 

私も足りないところがありますし、聞く側の自由がまずはありますので、もちろんそういう方ばかりではありません。

 

 

  

それでも、思い込みをおさえ、冷静に話を聞いてくださった方も多数いらっしゃいましたので、そういった方たちがよりよく成長なさっていき、それぞれに納得のいく結果がでるといいですね。

 

 

 

 

 

ひろかねさんは、つよくしんをもった生き方で負荷の多い人生を送ってきた方なので、いろんな人に幅広く対応できる能力の高さがある方だと思います。

 

 

 

ですので、通常私たちであれば苦手意識を持つような強い意思表示で相手の態度をはっきりさせるやりとりも、ためらうことなくできてしまう方です。

 

 

 

話を直接された方は、質問に対するその明快な答えに、皆さん納得されているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

特別視を刺激するかのような一連の内容の大半は、私の神さまとの確認する話からわかったことで、徐々に明らかになっていった経緯があります。

 

 

 

ですので、私はひろかねさんの話を信じられるのですが、過去のブログをよく理解しないまま、今回の一連のお話を初めて見た方がいた場合、よくわからなくなることもわかります。

 

 

 

 

 

しかし、わかっているのになぜ書くかといえば、こうした特別視をあおるかのような内容を書き続けていることにはきちんと意味があり、エゴの誇示ではなく、上位の神さまの計画を早く現象化させるために働きかけていることなのです。

 

 

 

特別視しそうなことに惑わされず、冷静に大事なことを見極められたなら、ぶれることなく自分のやるべきことにすぐに立ち返ることが出来ますし、思い込みがあることで判断がつかず惑わされてしまえば、腹を立てたり悲しんだり、ひどい場合には憎しみをもって新たな道筋に足を踏み入れていくことになります。

 

 

 

そうしたこと一つ一つがそれぞれの方向に進むことで、立ち位置や方向性がはっきりするため、なにもしないで流れに任せるだけよりは、はるかに早く振り分けが進みます。

 

 

 

 

 

現状、皆さんそれぞれの方向性を表明しだしているため、態度がはっきりしてきた分、振り分けも大きく動き出しているようです。

 

 

 

方向性がそれぞれまったく違う流れになったことで、今後はそれぞれに起こる事象もはっきりしてくるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

自分で判断ができないうちは、そのことを素直に認めることです。

 

 

 

しかし、判断ができないにもかかわらず、できる気になるのが私たちエゴの特徴です。

 

 

 

その特徴が、今回のような時に致命的な結果をもたらす可能性があるため、今回はそのことを書いておこうと思いました。

 

 

 

まとめていたらかなり長くなったので、次回に続きます。

  

 

 

 

 

その十

確認ができないものを引き合いに出されても、それが本当に正しいかは、エゴの私たちにはなかなか判断がつきません。

 

 

 

見えない世界のことなどでよくわからない場合、慌てて判断するのではなく、自分のレベルも踏まえながら物事の確認をして考えていただく方が、より納得のいく答えを自分で出せると思います。

 

 

 

わからないものを「わからない」と自覚できたならいいのですが、よくわからない場合は、わかるようになるまでは無理に結論をださないことです。

 

 

 

 

 

私は、神さまとのやりとりを通して、神さまでも完璧ではない、ということを感じています。

 

 

 

神さまでさえそうなのですから、エゴの私たちであれば尚更です。

 

 

 

だから、正しいことが少しでもわかるよう、学び、経験して理解を深めることが大事になります。

 

 

 

 

 

通常、自分よりものごとがわかる存在がなにを考えているのか、明確にはわかりません。

 

 

 

 

 

境涯の差が広ければ広いほど、わからないことは増えます。

 

 

 

 

 

上位意識がなぜ自分より上かといえば、自分より正しいことがわかるからです。

 

 

 

 

 

しかし、思い込みで誤った判断をした場合、上位意識の考え方を否定してしまうこともあります。

 

 

 

 

 

正しいものを間違っていると判断してしまう、ということです。

 

 

 

 

 

これを、真理を曲げる、といいます。

 

 

 

真理が曲がるとどうなるかといえば、宇宙が正しく進化しなくなります。

 

 

  

宇宙が進化していくためには、これは絶対やってはいけないことです。

 

 

 

私たちは、上位意識と気づかずにとんでもないことをやってしまう可能性が多分にあることを、心得ておかなくてはいけません。

 

 

 

また、誰かが誤った判断で真理を曲げるようなことをした場合、それを他の誰かが正当化・肯定・賛同などすると、その方もそのことに手を貸した、助長して宇宙をさらに歪めたとなって、大きなカルマを負うことになります。

 

 

 

見えない世界のことは非常にわかりづらいため、わからないと思えば、無理にそこは踏み込まないことも大事である、ということがわかっていただけるでしょうか。

 

 

 

しかし、今回は大改革が時間制限を設けて行われており、全体として大きく動く時には、どちらを選ぶのか決めなくてはいけないこともあります。

 

 

 

決めなければ、自分がないために上位意識や自分より力のある存在たちの都合で、カルマ解消に利用されることになります。

 

 

 

切羽詰まってくると、例え十分な判断力がないとしても、言い訳無用で判断力が無いなりに決断しなくてはならず、力不足な人ほど誤った判断をする可能性が高いことは、お分かり頂けると思います。

 

 

 

ですので、日頃から地道に正しい知識や考え方を取り入れ、自分の判断力を養う取り組みを続けてこないと、いざという時に困ることになります。

 

 

 

 

 

私がひろかねさんから教わったことは、いま私が知りうる限りの中で一番正しいことだと思っています。

 

 

 

ひろかねさんも仰いますが、もっといいものがあれば、その時はそれを学んで臨機応変に取り入れたらいいと思います。

 

 

 

 

  

改めて、同情と非情について

「その~」はまた書きますが、今回は同情と非情についてです。

 

 

 

以前書いたこともありますが、これからますます大事なことになると思いますので、改めて触れておこうと思います。

 

 

 

 

 

情とは

 

・親しくなりたい気持ち

 

              

 

同情とは

 

・歪みの多いものを優先すること

 

・エゴの価値観や判断を優先すること

 

・下位意識の判断を優先すること

 

・「誰を」を信じること

 

 

 

非情とは

 

・歪みの少ないものを優先すること

 

・正しい理屈を優先すること

 

・上位意識の判断を優先すること

 

・「何を」を信じること

 

 

 

このように考えていただくと、多少整理がつくのではないかと思います。

 

 

 

 

 

誰かを信じたい、大事にしたい、という情の働きがあります。

 

 

 

なにかあったとき、無条件で誰かを擁護しようとすれば、情が働いていると感じると思います。

 

 

 

普段の生活で情が働くことはよくありますが、カルマ解消につながるような問題解決や、意識レベルを上げるためにエゴを薄くすることなどでは、正しい理屈でものを考えなくては正しい解決や改善につながっていきません。

 

 

 

エゴのやることは、どこか間違えたり足りなかったりするものですので、順序としてエゴの判断よりも正しい理屈を優先していかないと、結果的に歪みが生じる可能性が非常に高いのです。

 

 

 

ですから、自分より物がわかる人に相談する、ということをします。

 

 

 

エゴを優先した場合、うまくいかないし、仮にその時うまくいっても、歪みを含んだ解決ではあとでぶり返したり、長続きせずに違う形でやり直すことになります。

 

 

 

 

 

自分の幸せのために真剣に生きるのであれば、成長することによって問題を減らし、少しでも気分よく生きられるように取り組むことが大事です。

 

 

 

おかしな考え方や思いなどを良くしていくには、正しい理屈を少しでも知り、理解し、実践することです。

 

 

 

その時にできる精いっぱいをしようとしても、エゴを優先しているうちは、歪みを本気でとる気がない、ということになります。

 

 

 

ベストを尽くしていることにもなりません。

 

 

 

つまり、真剣に生きているとはいえません。

 

 

 

 

 

信頼できる人であっても、どこか間違えることがあるので、真剣に生きようと思ったら、正しい理屈を見ていかなくてはいけないのです。

 

 

 

エゴは完璧ではありませんが、正しいことやいいことがまったくないわけではないので、大なり小なり考え方や行動には含まれています。

 

 

 

ですから、目を向けるべきはそうした断片的な真実や大事なことになります。

 

 

 

「誰」を優先しすぎて全部まるまる信じ込んでしまうと、あちこちに紛れ込んでい

る歪んだものまで信じてしまい、まちがった方向に進んでしまいます。

 

 

 

頭をつかってよく考え、信じる「誰」の発言や書いたもののどこに、自分を正しく成長させてくれる「何」があるのか、それを見つけることが、私たちの学びの取り組み方です。

 

 

 

 

 

「誰」を信じていても、その相手のエゴが働く限りは、気が付かないうちに道を踏み外しているかもしれません。

 

 

 

この世界が常に動いているということは、完璧ではないということであり、可能性を常に秘めている世界ということになります。

 

 

 

最終ゴールに到達するまでは、その一歩手前であったとしても、転落する可能性が常にあるのです。

 

 

 

 

 

覚醒したとしてもエゴが残るので、エゴの整理というのはできる限りしっかりやっておかなくてはいけません。

 

 

 

頑張った分だけ、チャクラが開いた時の伸び率は高くなります。

 

 

 

一方、歪みのある思い込みが残っていると、エゴよりは判断ミスが少ないかもしれませんが、エネルギーがある分影響力も高くなるため、その思い込みのせいで気づかずに間違ったことをしてしまった場合、因果応報で返ってくる負荷は大きなものになります。

 

 

 

エゴを磨いて意識レベルを上げる際のコツは、負荷をかけられてもひねくれない、あきらめない、ということ。

 

 

 

真剣に考えて生きることで、歪みは減らしていくことが出来ます。

 

 

 

真剣に生きるとは、先ほども書いた正しい理屈を優先していく、ということです。

 

 

  

 

ただ、馬鹿正直な私みたいに融通が利かせづらいタイプですと、なんでもかんでもそうなってしまい、理屈っぽいめんどくさい人、ということで周りとうまくいかなくなります。

 

 

 

以前は妻から、「屁理屈はいいから早くやれ」というプレッシャーを何度もかけられていました。

 

 

 

なにを優先するかは、その時々で考えて使い分けることも大事です。

 

 

 

身近な人のエゴが納得していた方がうまくいく場合がある、ということもありますので、お互いの自由を奪わないよう、そして歪めないように、日常生活で考えて使い分けていくといいと思います。

 

 

 

自由を認める、ということの難しさは、まだいまだにできていないこともありますので、私も実践しながら勉強しています。

 

 

 

そういう人間を無条件に信じるような馬鹿なことをしてもらいたくありませんので、今回は改めて書いておきました。

 

 

 

私や誰かを信じるのであれば、正しい理屈を最優先にしたうえでにして下さい。

 

 

 

ここ3カ月ほどの変化の時期のお話をするにあたり、その根拠となる流れをお伝えする意味で「その~」は書いています。

 

 

 

確認のとれない特別なお話が盛り込まれていますが、やたらめったら鵜呑みにする必要はなく、よくわからなければ結果がでたときに納得すればいいことです。

 

 

 

ただ、見えない世界の全体像を、より正しく知ることができれば、上位意識の考え方も少しずつ理解できるようになり、考え方の修正もより正確にできるようになっていくはずです。

 

 

 

 

 

あまり考えずに生きていると、ニュースなどの情報で不安に感じさせるものを見たとき、それを考えていても解決するわけではないのに、そればかりついつい考えてしまいます。

 

 

 

そして、腹をたてたり、落ち込んだり、そうこうしているうち、大事な時間は大事なことに使われることなく、過ぎ去ってしまうのです。

 

 

 

「一度に一つ」ですので、真剣に生きることにつながるようなものでなければ、気持ちの切り替えを心がけて、やるべきことに集注していくことが大事なのです。

 

 

 

やるべきは、自分の意識レベルが上がるような、目の前の事です。

 

 

 

心がざわつく、かたくなになる、否定的な思いにとらわれる、そういったことを減らしていくことです。

 

 

 

 

 

目の前にいる家族、会社の同僚、親しい友人、よく顔を合わすご近所さんなど、日常生活でかかわる人たちや身に起こる様々な物事。

 

 

 

そういった関わりの中で生じる気持ちの揺れ動きをヒントに、自分の中の思い込みのへんなところを探し出し、誰が聞いても納得できる考え方などに変えていくことが、私たちが日々取り組むべきこと、と私が書いていることです。

 

 

 

 

 

同情が働くことが悪いことではありませんし、非情さを打ち出しすぎて自分が生きづらくなるのも問題です。

 

 

 

正論説いて嫌われる、自分はどうかと聞かれたらできていない、それで反省しないで自暴自棄になる、ではちょっとね、となりますよね。

 

 

 

上手に使い分けて、気分よく成長できるようになっていっていただけるといいと思います。

 

 

 

 

 

最後に、皆さんの今後の取り組みの目標についてですが、「覚醒」というものを明確に意識していく必要性を感じています。

 

 

 

現状のレベルではかなり無理がある、というケースもあるかもしれませんが、追い風が吹いているいまがんばることができれば、可能性はあるようです。

 

 

方向性として究極的には「実存を見る」ですが、意識レベルを上げる、よりよく生きる、だけでは取り組みの真剣さも曖昧な分薄くなりがちだと思いますので、明確な目標として持てる方は、そのようにしていただくといいと思います。

 

 

 

 

 

 

「悪口は自己紹介」

「悪口は自己紹介」というような言葉を、以前患者さんから教えていただいたことがありました。

 

 

 

悪口の対象を、話している人に置き換えてみてみると、話している人のエゴのチェックができることがあります。

 

 

 

誰でもいいのですが、やはり自分の成長につなげる取り組みとしてやるならば、自分の言動をチェックするのが一番いいですね。

 

 

 

自分が批判めいたことを話した時などは、自身の言動を振り返ってみると、案外自分でそれまで気づいてこなかったエゴにも気づけ、エゴを薄くすることができるかもしれません。

 

 

 

エゴのチェック自体は、常日頃から批判に限らず行うといいものとしてお伝えしてあるのですが、歪みが出やすいという点で、わかりやすいと思います。

 

 

 

上位意識は直接この世界に干渉しないため、そういう中にその人の現状を織り交ぜたり、エゴを指摘する内容を含ませたりしています。

 

 

 

鏡の法則ではありませんが、相手を見て自らを正すことも、エゴを薄くする基本的な取り組みとなります。

 

 

 

誰かを許せなかったり、腹立たしく思うような感情の揺れ動きがある方は、この大事な時期に取り組める具体的なことになりますので、そのあたりを意識してぜひチェックしてみてください。

 

 

 

最近何度か書いたのでわかると思いますが、人のことを気にしている暇はありません。

 

 

 

自分のことを何よりも最優先にしてがんばりましょう。

 



 

 

肯定と否定について

ここでよく使う「肯定」と「否定」についてです。

 

 

これはときどき書いていたと思うのですが、主に「存在する」ということについて使っています。

 

 

 

存在を認める「肯定」、存在を認めない「否定」。

 

 

 

言葉は不完全なエゴが使うため、やはり不完全な表現となります。

 

 

 

前後の流れや使われる状況によって、その意味は変わることもありますので、ここではどういう意味で使われているのだろうか、ということを考えながら読んでいただくと、より真意が伝わりやすいと思います。

 

 

 

全肯定と全否定ということも、最近言葉として何度か使ってきています。

 

 

 

全肯定の場合、存在するものをすべて認めることにより、よりよく生きるために有るものを上手に使うという考え方ができます。

 

 

 

一方、全否定ですと、エゴのやることは全部間違っているという言い方もできるね、と以前話してもらったことがありますが、その他に考えてみると、「滅びたい・滅ぼしたい」が全否定といえるのではないでしょうか。

 

 

 

嫌い、違う、ダメ、といった言葉は否定として扱われることが多いものですが、ここでいう否定とは異なります。

 

 

 

自由を認める場合、嫌なことをしていて自由に生きているとは言いません。

 

 

 

好きなことができて、自由といえます。

 

 

 

好き嫌いはあっていいもので、否定するものではありません。

 

 

自分でも考えてみてください。

 

 

 

今日はここまでにしておきます。

 

 

 

 

 

「依存」という方向性

これまで「方向性をだしましょう」と、繰り返しお伝えしてきました。

 

 

 

しかし、「方向性の出し方がわからない」という方が時々いらっしゃいます。

 

 

 

あと、自信がない方もけっこういらっしゃいます。

 

 

 

 

 

自信は、自分の出した方向性に対して取り組んだとき、方向性にあった結果がでたもの、つまり、「実績」を信じることで培われます。

 

 

 

しかし、いざ「自分の実績を信じること」といわれると、実績と思えるようなことが思い浮かばず、なにをやってきたのかわからない、という方がこれまた多いのです。

 

 

 

 

 

「なぜわからないのか」を考えていくと、答えは、「方向性を(しっかり)だせていないから」ということになります。

 

 

 

方向性をだせていないので、自信がもてるはずもありません。

 

 

 

 

 

そうした方の多くに共通していそうなことは、「依存する」という方向性です。

 

 

 

「よりよく」という方向性で自信をもてないのは、それ以上に大事な方向性として、「依存したい」「楽したい」というものが無意識に強く出ているからかもしれません。

 

 

 

 

 

そうなると、「よりよく」という方向性がぼやけているため、自信がつくような実績も自覚できず、不安が顔を出し始めて余計になにかにすがりたくなります。

 

 

 

ただ、それまで無意識だったとはいえ、「依存」する取り組みを地道に積み重ねてきていることもあり、そっち方向の実績があります。

 

 

 

依存したり、すがる対象を見つけた時は、迷わず自信をもって依存していけるのではないかと思います。

 

 

 

 

 

そういう時は、迷いなく信じられるというのでしょうか、気に入られるような言動や行動が自然にでき、注目を集めるために難しいことや斬新なこと、特別なことやエゴが興味関心をひきそうな内容で自分をアピールします。

 

 

 

 

 

ざっくりとですが、無意識と意識があります。

 

 

 

どちらが主導権を握っているかで、自分の取り組みが変わります。

 

 

 

無意識にやっていることは、思い込みでやっていることですので、毎回同じことを繰り返しますし、仮に間違っていてもためらわずにできてしまいます。

 

 

 

エゴの働きですね。

 

 

 

 

 

一方、意識して取り組めば、大事な場面でも考えながら取り組めることで、よりよくしやすくなり、方向性が出せていれば、徐々にではあっても運命を良くしていくことができます。

 

 

 

 

 

もし「依存したい」「楽したい」という無意識の方向性に気づけたなら、意識して「よりよく生きる」「成長する」「自立できるようにする」などの方向性に置き換えて、それを踏まえた判断に切り替えていくことで、積むべき実績を積み、自信をもてるようになっていくと思います。

 

 

 

 

 

自分が無意識に出している方向性に気づけるかもしれませんので、自信のない方、依存傾向の強い方はチェックしてみてください。

 

 

 

 

 

資料の作成も一時期考えていましたが、いまは時間が限られていると思います。

 

 

 

日々の取り組みに役立てられるようなことがあれば、すぐ取り組めるようブログで書けることを書いていくようにします。

 

 

 

 

 

 

あたりまえのことに腹をたてる

「あたりまえ」に思えることがあります。

 

 

 

それは、みんなが「そうだよね」と、違和感を覚えることなく納得できることなので、とりたてて問題になることはありません。

 

 

 

 

 

日常生活で腹を立てることがあります。

 

 

 

たまに見かける光景でいうと、子供に対して腹をたてる親の姿です。

 

 

 

 

 

私たちには思い込みがあるため、その思い込みが

 

 

 

・いい子供は親のいうことをだまってきくもの

 

 

 

・しずかでお利口にしていることが普通

 

 

 

というものと、

 

 

 

・子供は好奇心が旺盛なので、毎回いうことをきくとは限らない

 

 

 

・ときに歯止めがきかず、さわいで走りまわることもある

 

 

 

とでは、その後の反応が変わります。

 

 

 

 

 

どちらが「子供」をより「ありのまま」でとらえているでしょうか。

 

 

 

私たちは、思い込みをもとに都度判断しているのですが、前者であれば、考え方を後者に改めることで、感情の揺れ動きが変わっていくはずです。

 

 

 

「なぜ怒るのだろうか?」とエゴのチェックをして、そこで無意識の思い込みに気づけたら、エゴのコントロールで考え方をよりいいものに意識的に変えていくことです。

 

 

 

当たり前のことに対して腹を立てるのは、おかしなことです。

 

 

 

太陽が東から昇って文句を言う人がいたら、その人を見た人はどう思うでしょうか。

 

 

 

あたりまえのことに腹を立てていると思えたら、自分に間違った思いこみがある可能性が非常に高いので、成長する気があるならばそこをチェックしてみて、問題があれば改善していくことです。

 

 

 

もしそれがわかっていながら、言い訳ばかりでできない場合、まだ変わる気がなかったり、楽をしたいという方向性のままなのかもしれません。

 

 

 

 

 

無意識の思い込みに気づくまでは、そのことに対して「無意識」に主導権を奪われているので、「意識」することで主導権を引き寄せるのです。

 

 

 

 

 

方向性を出した後は、エゴのチェックとコントロールをして、方向性にあった思い込みに変える必要があります。

 

 

 

そうしないと、無意識の思い込み自体は「エネルギーを節約したい」という初期設定で機能しているため、「現状維持」するための思い込みや考え方にとどまっています。

 

 

 

意識的に取り組まないと、よりよくという方向性にはなっていかないことに、気づくことも大事です。

 

 

 

ですから、方向性をだしただけでは、成長がなく、同じことを繰り返します。

 

 

 

 

 

取り組み方としては

 

 

 

・「よりよく生きる」方向性を出す

 

 

 

・上位意識の存在を信じる

 

 

 

・上位意識から気づきやアイデアなどインスピレーションがおりてくるような関係性を構築する

 

 

 

・構築の仕方は、集中したり夢中になって成長につながることを真剣にやる

 

(エゴが働きづらい状態で取り組むということ)

 

 

 

・エゴをチェックして、自分の出している方向性にあった取り組みができているか考える

 

 

 

・目の前の課題に対して「今をよりよくする」よう、方向性にあった正しい答えを上位意識との繋がりの中で考える

 

 

 

・それまでの癖があってぶれることもあるため、気づいた時に意識することで立て直す、軌道修正する

 

 

 

・上記の取り組みの繰り返しで習慣化されると、あまり考えなくても徐々にできるようになっていく

 

 

 

・意識的な取り組みの繰り返しで習慣化し、方向性にあったいい癖をつける

 

 

 

・歪みの少ない思い込みが身につくことで、無意識であってもカルマを増やすような考え方ではなくなっていく

 

 

 

・その結果、必要以上に神経質にならなくてもいいので、楽に過ごせる機会が増えるようになる

 

 

 

 

 

これがエゴを薄くすることです。

 

 

 

(よりよく生きる方向性は、上位意識の存在を認めることから始まります。例えば、いまの自分より正しく物事がわかる存在だったら、ここではどう考えるだろうか、と折に触れて考え続けることで、徐々にそのつながりはできあがっていきます。)

 

 

 

 

 

怒ったり、許せなかったり、落ち込んだり、傷ついたりしたとき、「これはほんとうに正しい理由といえるだろうか」と、その理由を一度考えてみることです。

 

 

 

 

 

「自分は勝手にそういうものと思い込んでいたけれど、よく考えてみると、なんだかおかしいぞ」

 

 

 

と、いうことがあるかもしれません。

 

 

 

なんとなくおかしいぞ、とは感じるけれど、具体的にわからない場合、否定的な考えが隠れていないか考えてみてください。

 

 

 

 

 

全肯定の考え方では、全てあっていい、という考え方になります。

 

 

 

歪みと呼んでいるものは、「あってはいけない」という類の否定であり、ありのままに見ることができていない状態です。

 

 

 

否定を減らすことでありのままに近づきます。

 

 

 

ありのままを認められるようになることで、全肯定に近づきます。

 

 

 

全肯定ができるようになってその境涯に至ったことで、実存を見ることができるようになります。

 

 

 

 

 

一週間お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

その十一

ひろかねさんが、初めて施術を受けにいらして下さった時、

 

 

 

「あと2年くらいで俺はくたばるだろうから、どうせ大ちゃんは商売下手だろうし、売り上げの助けになることもあるから、どんな奴か見てみようと思ってきたんだ。」

 

 

 

とさらっと言われました。

 

 

 

身体に触れると、確かに結構辛そうな状態でしたが、あまりに何事もなく普通にふるまっていることもあって、2年という言葉に信ぴょう性を感じることはありませんでした。

 

 

 

しかし、いまになって振り返ると、言葉通りだったと思います。

 

 

 

限界でありながら平然と過ごしている姿に、物事を教えていただいたこともあり、時がたつにつれて、「ベストを尽くすとはここまでのことを言うのか」と、圧倒されていくことになります。

 

 

 

初診時に、私の神さまとのやり取りが始まって、そこからひろかねさんの状態も変わっていきました。

 

 

 

 

 

そこまでの負荷を負った理由についてです。

 

 

 

ひろかねさんとお話するようになり、神さまからひろかねさんについて出てきた情報があります。

 

 

 

その一つが、カルマとは別にひろかねさんに負荷をかけていたのは、他でもない神さまたちだった、というものです。

 

 

 

これが後々まで大きな影響を及ぼすことを、私はこの時気付きませんでした。

 

 

 

 

 

ひろかねさんのこれまでの人生があまりに負荷の連続だったことで、どうしてこんなに人より負荷の多い人生を負わなくてはいけないのか、悪魔にでも取りつかれて嫌がらせをされているのではないか、そう思ったこともあったそうです。

 

 

 

でも、悪魔にはそこまで力はないよな、とも。

 

 

 

2年というお話をされた頃は、カルマ解消で一生が終わると感じていたかもしれません。

 

 

 

 

 

その負荷の大きな割合を占めていたのが、お母さんだそうです。

 

 

 

損得に非常にうるさく、否定のつよい家庭環境で育ったひろかねさんは、それでもその負荷を克服し、過去に苦労した気配をいまは感じさせません。

 

 

 

神さまたちが理由があってやったことがわかり、どの程度の負荷だったのかを聞いたところ、

 

 

 

「お母さんのパワーは、陰始の10分の1」

 

 

 

と言われました。

 

 

 

(多いのか少ないのかわかりづらいかもしれませんが、エゴの歪みの権化の10分の1ですから、普通の人だと耐えられなくて歪むが潰れると思います。)

 

 

 

そして、今は亡くなられているそのお母さんを、神さまが私に感じさせてくれたことがあるのですが、感じた瞬間に「やばい」と恐怖を覚えました。

 

 

 

ちょっと近づけない、というのが正直なところで、妻も別の機会にひろかねさんのお母さんのことを感じたのですが、やはり同様の印象でした。

 

 

 

そういう圧倒的な存在を克服することで、ひろかねさんは力をつけました。

 

 

 

 

 

ひとつ間違えたら潰れてしまう、そう感じるギリギリを乗り越えるのは、かなり大変なことだということもわかってきました。

 

 

 

神さまたちは、救世主も含め役割をもった存在を多数おろしているそうです。

 

 

 

そして、その役割の重要度によってだと思いますが、保険をかけて代役を務める存在も相当数おろしているみたいですが、負荷のかけ方を見誤り、かなりの数が潰れて歪んで計画で使えなくなっている、というお話もでてきたことがあります。

 

 

 

 

 

実際に役割を果たせるところまできちんとエゴが整理されてできあがるのは、かなり困難を極めるらしく、ひろかねさんに対して神さまは、「なにがあっても死なせることはしない」といいます。

 

 

 

一見かっこいいのですが、実情として代わりを務められるものも潰れてしまったいま、いなくなっては計画そのものが立ち行かなくなるから困る、という面もあるようです。

 

 

 

ちなみに、代わりを務まるものが出来上がるまで、今から30年かかる、とのことでした。

 

 

 

 

 

ひろかねさんはお母さんからの負荷を負うことで、「黒」の要素を身につけました。

 

 

 

しかし、それは一般的な負のイメージの黒ではなく、「あるものを上手に使う」という特性です。

 

 

 

(ちなみに、白は「歪みの少ないものを好む、信じる」というものです。)

 

 

 

たしかにお母さんは黒ですが、ひろかねさんと違い歪みが強かったのです。

 

 

 

ひろかねさんがお母さんを克服した、というのは、歪まずに黒を身につけたということです。

 

 

 

白ベースの人はイメージだけで毛嫌いして黒を入れたくないため、白だけになりがちです。

 

 

 

しかし、白も黒も身につけると、キャパがそれだけ広がり、扱えるエネルギーも増えて変わります。

 

 

 

しかも、強い負荷を克服したことで、歪まないギリギリまで黒を使うこともできるようになりました。

 

 

 

 

 

ちなみにBBSでは、白では曖昧でぼんやりしたやり取りになって、だらだらとながく続いてはっきりしなくなることもあるから、短時間で立ち位置を白黒つけてはっきりさせるために黒を使って書いた、のだそうです。

 

 

 

 

 

いまできることとして

いまやるべきことやできることが、よくわからない方もいると思います。

 

 

 

いらしてくださる方たちで、質問を事前に準備してきてくださる方たちがいらっしゃいますが、その多くが、私のブログに書いてきたことを理解していると、答えがわかるものである場合が少なくありません。

 

 

 

大事なことはある程度こちらに書いてきてあります。

 

 

 

量があるので、読み返すには大変ですが、大事だと思うものは「備忘録」「備忘録2」にてまとめてありますので、それぞれご確認いただけます。

 

 

 

やることがよくわからない方も、わかったつもりになっている方も、今一度そちらに目を通していただけますでしょうか。

 

 

 

また、質問についても、できるだけ日常生活の中での問題の方が、解決できた時に意識レベルを上げるには有効です。

 

 

 

ひろかねさんからも「五井先生のお祈りしたくなるようなときがあるんだから、お祈りしたくなるような出来事が問題なんだから、それを聞けばいいんだよ。」と、言われました。

 

 

 

せっかくいらっしゃる方は、よく考えてからいらしていただくといいと思います。

 

 

 

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

その十二

ひろかねさんの取り組みとして一貫しているのは、

 

 

 

「自分の幸せのために、今できることに全力を尽くす」

 

 

 

というものです。

 

 

 

どんな負荷をかけられても、最終的にそこがぶれないことで、ひろかねさんの境涯は上がっていきました。

 

 

 

その境涯をとことん上げることが、今回実存を越えたところにいる神さまたちの狙いであり、そのために負荷を神さまがかけたのでした。

 

 

 

その負荷についても、今現在言われているのは、この宇宙の歪みの投影として体に負担を強い続ける状態になっている、ということだそうです。

 

 

 

 

 

823日に決まったのは、一つはこの負担をもうこれ以上は増やさないこと、そして徐々に解放することで、負うべき人たちのもとにカルマとしていきわたるようにする、ということです。

 

 

 

見えない世界の話は、このシリーズの最初の方で書いたように、時期を特定した経緯を説明するために書いています。

 

 

 

 

 

皆さんにひろかねさんのことを通して知っていただきたいのは、「自分の幸せのために、今できることに全力を尽くす」ということです。

 

 

 

目移りするようなお話を書いてはいますが、ひろかねさんは私たちと変わらない、普通のエゴで生きています。

 

 

 

私は、神さまがいっていることが本当だと思っていますが、結果を見るまでは、正しいことかどうかはわかりません。

 

 

 

ですので、今の自分では判断できないような見えない世界のできないことに心奪われるのではなく、いまできることとして、対等なエゴの立場として何を学ぶことができるのか、なにを実際に役立てられるのか、そういう視点で物を見るようにして下さい。

 

 

 

華美な話に目を奪われていて、冷静に見返してみると、実際に役立てられる内容がよくわからない、そういうこともあります。

 

 

 

自分は正しくものごとがわかる、そういう過信があると気づいた方は、今後も見誤ることがよくありますので、この機会にその思い込みを変えておくことをお勧めします。

 

 

 

日々の判断一つ一つに自分の運命がかかっているのですから、それはともすると、自分の命がかかっているともいえます。

 

 

 

だったら、真剣に考えなきゃいけないんですよ。

 

 

 

鵜呑みにしてしまうと、見えない世界の話に目を奪われて、自分の取り組むべきことがわからなくなります。

 

 

 

 

 

自分の幸せのために、何を考え、どう取り組むのか。

 

 

 

ここに限った話ではありませんが、

 

 

 

「自分の成長に、この情報のなにをどう役立てられるだろうか」

 

 

 

こういう考え方を常に持てるように、自分をしつけていくことがまず一つ。

 

 

 

そして、一つでも気づけることがあったら、それを行動に移すことです。

 

 

 

 

 

結果がすべて、それがこの世界です。

 

 

 

今回は、時期が来た時に、「それまで頑張ったけれどできなかった」では、やらなかったことと同じ扱いになります。

 

 

 

次に活かせる機会があれば、「結果がでなくても、取り組んだことに無駄はない」ともいえますが、果たして次はあるのでしょうか。

 

 

 

 

 

行動に移せば、なにか結果がでます。

 

 

 

それが失敗だったとしても、「自分の幸せのために、今できることに全力を尽くす」と真剣に思えれば、失敗をもとにもっとよくしていくことができます。

 

 

 

改善点が見つかるのです。

 

 

 

時期が来るまでは、機会を与えられているのですから、無駄にしないよう考えてみてください。

 

 

 

こうして何度も書いていますし、機会が与えられているのですから、「なんであの時言ってくれなかったの!?」は通じません。

 

 

 

自分が成長する取り組みを書いているだけですので、取り組み自体に損はなにもないんですよ。

 

 

 

 

  

私たちは、思っている以上に頭を使って考えていません。

 

 

 

思い込みで結論を出すことで、考えていないことがよくあります。

 

 

 

考えないと、同じパターンで同じ結果しかでませんので、成長もままなりません。

 

 

 

思い込みに気づき、成長する「よりよい考え方」に切り替えていくことです。

 

 

 

 

 

その取り組みが、ひろかねさんから教えていただいた、エゴのチェックやコントロールのお話です。

 

 

 

 

 

 

 

その十三

いまの状況の概要です。

 

 

 

823日から、世の中が大きく動き出している。

 

 

 

・全体として、歪みをとる方向に動き出した。

 

 

 

・私たちも、歪みを減らす方向で動けば、全体と方向性が一致することもあり、歪みを解消しやすくなる。(カルマの解消が進み、意識レベルを上げやすくなる)

 

 

 

・一方、変わる気がない、現状維持を望む、では、どうしても新たな歪みをつくり続けるため、全体と方向性が合わず、全体と方向を合わせる気がない、という方向性を出したことになる。

 

 

 

・約3カ月が期限、それまでに一定以上の境涯になっていないと、振り分けはそこで終わるので、期限を過ぎてからでは挽回が効かない可能性が非常に高い。

 

 

 

・場合によっては、猶予が与えられてもう一カ月延びる可能性はある。

 

 

 

・しかし、いまのところは、11月後半が期限。

 

 

 

・そこまでの振り分けに基づき、その後、随時現象化して、自分の取り組みの結果を自分で知ることになる予定。

 

 

 

 

 

以前も書きましたが、計画は変わることがあります。

 

 

 

変わる理由は、エゴの私たちの都合とは一致することがまずないようですので、私たちでは判断がつかないものだと思っています。

 

 

 

ただ、取り組むこと自体は、計画がどう動いても変わりません。

 

 

 

繰り返し書いているように、目の前の問題や課題をできる限り解決し、いま幸せになれることがあればそれをしていくことです。

 

 

 

自分のいまを、よりよくしていくことです。

 

 

 

 

 

「その~」では、ここまででおおまかなことをある程度書いた気がするので、書き足りないものがあれば、また書けるときに補足しながら書くようにしていきます。

 

 

 

 

 

取り組む姿勢について

BBSのひろかねさんのやりとりを見て、改めて感じることがありました。

 

 

 

 

 

初回の2016.11.8.の書き込みに対し、2016.11.10.の書き込みで、

 

 

 

『誰が真実を話しているか区別できていない。』

 

 

 

と書かれています。

 

 

 

 

 

一回目のメールの内容だけで、私たちは真実に果たして気づけるでしょうか。

 

 

 

 

 

これは当たり前のことですが、不意に訪れる判断の機会、それとわかっていてその時を迎えられることはまずありません。

 

 

 

それまでに生きることに真剣であることで、そうした判断が可能となっていくのだと感じています。

 

 

 

 

 

いまでこそ知識があるのでわかることもありますが、私も自分に思い込みがまだあることを感じていますし、真剣に生きることを目指して取り組んでいる段階ですので、自分の状態をエゴなりに自覚して考えると、エゴだけで考えていたら明確な判断がつかないと思います。

 

 

 

 

 

そうした場合、真剣に考えるだけでなく、上位意識とのつながりを通して考えるようにしています。

 

 

 

 

 

ひろかねさんから初めてお電話をいただいた直後、「この人に聞きなさい」という上位意識の働きかけがあって、ひろかねさんがどんな方かもわからないまま、大事なことを話してくださる方なのだろうと信じて、お話を聞き続けることができました。

 

 

 

 

 

思い込みだけのエゴの判断に従っていたら、こうしたブログを書くことはなかったのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

この時、上位意識を使わないと正しい判断はできないということを、身をもって体験したと思っています。

 

 

 

 

 

下位の意識では、上位の意識がなにを考えているか、よくわかりません。

 

 

 

その時判断できなくても、自分の成長と共に理解できることもあるため、最初にどこまで大事なことや上位の意識の存在に気づけるか。

 

 

 

そうした気づきは、日々の地道な取り組みで磨かれる感受性によるものだと思います。

 

 

 

いまの自分の幸せのために、目の前のことひとつひとつ地道に取り組み続けることだと思っています。

 

 

 

 

 

こうしてブログを書くこともそうした取り組みであり、私が上位意識とのつながりをよりしっかりさせるために行っている、という面があります。

 

 

 

ですので、自分の幸せのための取り組みです。

 

 

 

 

 

ありのまま、について

ありのままが見えていないということは、歪めて見ているということです。

 

 

 

(エゴの私たちの状態です。)

 

 

 

ありのままを否定して、間違ったものの見方が正しいと信じている状態、それがまちがった思いこみです。

 

 

 

そこに気づくことで、自分をよりよくしていくことができます。

 

 

 

 

 

間違った物の見方を正し、否定を減らすことで、少しずつありのままに捉えられるようになっていき、全肯定に近づきます。

 

 

 

間違った思い込みをより正しく変えない限り、ありのままが見れるようにはなっていきません。

 

 

 

より「ありのまま」がわかるようになると、言葉はシンプルになり、短い言葉で余計な説明も必要なく、相手に真意が伝わるようになっていくようです。

 

 

 

ひろかねさんと話していて、感じることです。

 

 

 

 

 

きちんと話をされたとしても、受けての思い込みもあるので、すべてを正しく理解はできませんが、そうした言葉には力があるので、なんとなくでも良い悪いがわかるのではないでしょうか。

 

 

 

なんとなくもわからないのであれば、考えが足りないか、相当つよい思い込みがあるということになります。

 

 

 

 

 

力のある言葉を聞くと「わかった気になりやすい」という面もありますので、実践できるようになるまでは謙虚に学ぶ姿勢が大事になります。

 

 

 

実践できて結果が伴うようになったら、自信をもって生きればいいのです。

 

 

 

実際できるようになっているのに、謙虚なつもりで「いや、まだまだ」というよりは、できることをできると素直に認めること、そこにはウソがありませんので、その方がありのままです。

 

 

 

 

 

写真は、私の父の二科展での作品です。

 

 

 

 

 

上位意識とは

・より正しいものの考え方ができる存在

 

 

 

・霊的なものに関わらず、自分より物事がわかっている身の回りの人も、私は上位意識と考えるようにしています。

 

 

 

・より正しく物事がわかるレベルにあり、主に私たちを見えない世界にいながら指導している存在を指します。

 

 

 

・一般的には、神さま、守護霊さん、守護神さん、という言い方をされているものです。

 

 

 

 

 

『自分を生きている』と言えますか?

よりよく、について

昨日、いらしてくださった方に対しての私の上位意識からのメッセージを、すこし整理して載せておきます。

 

 

 

 

 

・困ったときだけ、『自分の可能性を信じてあきらめない』では片手おち。

 

 

 

・良い時も悪い時も、いまをよりよくできる可能性を信じて取り組む姿勢を身につけることが、今の貴重な機会を活かす意味でも非常に大事。

 

 

 

・困ったかどうかは、エゴの判断でしかない。

 

 

 

・どんな時も変わらず取り組めるようになって、初めて身につくようになる。

 

 

 

・エゴの都合で取り組むうちは、エゴを越えることは難しい。

 

 

 

・自分の方向性を、よりつよく明確にしていくためにも、ここは考えておくといい。

 

 

 

 

 

というものでした。

 

 

 

 

 

前にも書きましたが、今やるべきことがわからない方は、少しでも私の過去のブログに目を通していただくと、いいのではないでしょうか。

 

 

 

限られた時間での取り組みのヒントとして、お考え下さい。

 

 

 

 

 

写真は、息子作「釣りキチ三平」です。

 

 

 

前回のブログ「問」の写真も、息子が描いたもので、私がマッサージに使っている手ぬぐいのデザインを真似て描いたそうです。

 

 

 

一週間、お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

エゴ、について 一

エゴについて、大まかな特徴です。

 

 

 

 

 

・エゴは三次元世界の意識

 

 

 

・その意識は思い込みで動いている

 

 

 

・完璧ではないため、エゴは不完全である

 

 

 

 

 

意識・無意識にかかわらず、行動には必ず思い(思い込み)が現れており、思いが先にある。

 

 

 

なにか行動するときには、必ず理由がある、ということ。

 

 

 

思いが運命をつくる(因果応報)ので、運命をよくするには、方向性に合わない誤った思い込みを変えなくてはいけない。

 

 

 

その思い込みを変えることで、いまをよりよく生きられるようになっていく。

 

 

 

 

 

これから、何回かにわけて書いていきます。

 

 

 

 

 

写真は、息子作「こうもり」です。

 

 

 

折り紙の本などを参考にせず、自分で考えたそうです。

 

 

 

胴体をもって上下動させると、本物のこうもりの羽の動きによく似ているようにも見えました。

 

 

 

自分で考えて楽しみながら作っているようで、自分の子供のころではそこまでやることもなかったため、見ていて驚かされたり、感心することがあり、楽しいです。

 

 

 

 

 

 

エゴ、について 二

思い込みを変えるきっかけは、問題を感じたときや気づいたとき。

 

 

 

過去に歪んだことをやった(誤った思い込みで行動した)ので、歪んだものが返ってきた(カルマ)、と考えられると、思い込みをよくしようとしたり、自分のやったことの結果がこれ、と考えられるようになる。

 

 

 

歪みに気づくことで、歪みを正すことができる。

 

 

 

気づいたときに、取り組むことができる。

 

 

 

 

 

エゴは、無意識にエネルギーを保つことを優先する。

 

 

 

自分が変わるためには頭や身体を使うため、エネルギーを使うことになり、基本的にエゴはそれらを好まない。

 

 

 

できるだけエネルギーを使わない方向で選択しようとするため、自分を変えようという選択肢をできるだけ選ばないようにする。

 

 

 

しかし、エネルギーが多い方が自分にとって都合がいいこともわかっているので、自分はエネルギーを浪費せず、しかしエネルギーがたまる方法があれば、それを選択しようとする。

 

 

 

例えば、自分はなにもしないで、誰かに何とかしてもらう、など。

 

 

 

幼いエゴは、見えている範囲でしか考えないため、目先の損得で動く。

 

 

 

目先の損得を優先した結果、「誰かが何とかしれくれる」という選択をすれば、「自分を良くしていこう」「成長しよう」という選択肢の優先順位は、下がることになる。

 

 

 

 

 

※言葉が足りないところもあると思いますが、いまはあまり長い文章にしてわかりづらくしたくないため、必要があれば後日補足していこうと思います。

 

 

 

 

 

エゴ、について 三

「否定」は、ありのまま見ているのではなく、自分の価値観でものを見ているということ。

 

 

 

自分の価値観でみることを、思い込みといいます。

 

 

 

思い込みで見ているということは、なにか都合のいいように、損得でものを見ているということ。

 

 

 

ものごとを都合で見なくなれば、「ありのまま」見られるようになっていきます。

 

 

 

 

 

エゴ、について 四

ものごとがわかるようになると、意識的に取り組めた方が結果を出しやすくなる。

 

 

 

幼いエゴのままでは、意識的に取り組めないことが大半であり、「無意識」に任せていても現状維持を目的としたパターンにはまり込むだけなので、結果につながる取り組みでない限り、ずっと結果は出しづらい。

 

 

 

 

 

しかし、エゴの私たちは、結果をだせる取り組みはしていないにも関わらず、自分に都合よくエネルギーが勝手に増えたり、たまるようなことを期待する。

 

 

 

棚から牡丹餅をことあるごとに期待し、期待している間は自分が成長するような取り組みが、できないままでいる。

 

 

 

 

 

幼いエゴの判断で、現状維持のために損得勘定を優先し続けると、歪みが生じるし、成長しないため、停滞する。

 

 

 

正しい方向性に向けて損得勘定を働かせれば、成長に得なことを考えるので、歪みは出にくく、成長も効率的になる。

 

 

 

 

 

停滞から「抜け出す」ためには、そこから「抜け出せる」取り組みをしなくてはいけない。

 

 

 

いまよりも本当によくしようと思ったら、自分よりものごとがわかっている存在に聞けばいい。

 

 

 

それが上位意識。

 

 

 

 

 

上位意識があると信じ、その存在との繋がりを育み、まずは自分でできることをやりながら、その存在にフォローしてもらい、問題をクリアする取り組みをしていく。

 

 

 

しかし、取り組みを変えるにしても、方向性が出ていないと、なにをどうすればいいのかがはっきりしない。

 

 

 

 

 

「成長する」「進化する」「よりよく生きる」「覚醒する」「実存を見る」「幸せになる」、方向性がそれらに向いているのであれば、真剣に方向性にあった具体的な取り組みをまず考える。

 

 

 

そして、無意識の思い込みで動いている普段の行動パターンを見直し、「成長する取り組み」を意識することで、いつものやり方よりも意識できたものの優先順位をあげ、それを行動に移していくこと。

 

 

 

 

 

このように、意識的に無意識の取り組みを変えていくこと。

 

 

 

それを、エゴのチェックとコントロールとよんでいます。

 

 

 

 

 

エゴ、について 五

エゴをチェックすることについて。

 

 

 

気を付けたいのは、エゴは無くならないということ。

 

 

 

成長しようが覚醒しようが、この世界で生きている限りは、どこかでエゴが顔を出すことがあるので、それが歪みの生じないエゴの働きかどうかをチェックする必要がある。

 

 

 

わかったつもりで油断していたら、気が付いた時にはエゴの手のひらで転がされていた、なんてことばかりを私たちは繰り返している。

 

 

 

エゴは巧妙に入り込んでくるので、こういうことを意識していなければ、通常はまったく気づくことがない。

 

 

 

意識していても、なかなか気づけないもの。

 

 

 

 

 

実体験でわかりやすかったものについて。

 

 

 

ブログの文章を書いていたときの事、ある程度まとめられたと思って掲載しようとした瞬間、ある程度できあがっていることで気が抜けていたところに、「あ、このことも書き足しておこう」と浮かんだ内容があった。

 

 

 

数行だったが、なにげなく書かれている文章の内容は、エゴの歪みを正しいことと肯定するものだった。

 

 

 

間違ったことを正しい、と書いていたにもかかわらず、自分では気づくことがなかった。

 

 

 

 

 

冷静に見直せばわかることでも、思いこみが働くと、つい流してしまう。

 

 

 

この時は、ひろかねさんが指摘してくださり、すぐに修正をかけられたものの、自己責任ということから考えれば、通常は誰かに指摘されることの方が少ないこと。

 

 

 

自分で気づけるようになっていく必要がある。

 

 

 

そのため、エゴのチェックを習慣化して、身につけることが大事。

 

 

 

方向性や日々の取り組みによって、上位意識からのインスピレーションが働くようにもなるので、こうしたことを踏まえながら、目の前の取り組み一つ一つを大事にすること。

 

 

 

 

  

エゴ、について 六

理解が中途半端だと、わかった気になったり、できているつもりになったり、自分が該当しない高い段階にあるような華やかな勘違いをする。

 

 

 

ついおろそかにしてしまう、というのも、油断したところにエゴがそっと顔を出し、主導権を奪われているから。

 

 

 

自分のことは、なかなか気づけない。

 

 

 

 

 

自立の大切さ、自分で判断することの重要性など、こんこんと話されたあとで、

 

 

 

「よくわかりました。これからもついていきます!」

 

 

 

なんてことを、エゴは平気で言えてしまう。

 

 

 

それに気づいて、ハッとする。

 

 

 

 

 

エゴを指摘されて気づくことの例として、

 

 

 

「大事とわかっているつもりで、実際はそれができていない」

 

 

 

ということがある。

 

 

 

 

 

大事だと思うならすでに行動に移しているはずが、実際は行動にまったく移していなかったり、言い訳して違うことを優先していたりする。

 

 

 

自由が大事といっておきながら、自分の思いこみで人に無理強いしてしまうことをやっていたり、同情についてわかった気になっていたら、ちょっと応用を利かせればわかることに気づけず、エゴの都合を優先していたりする。

 

 

 

家族を大事にと思いながら、実際は帰ってくるなり、自分を最優先して愚痴しか言わない、ということもある。

 

 

 

 

 

エゴに向き合うようになると、こうしたことに事あるごとに何度も出くわし、いろいろなケースを繰り返し体験することになる。

 

 

 

気づくことがあるたびに、ショックを受けることもあるが、向き合う以前はもっとひどかったはず。

 

 

 

 

 

やってみてわかるのは、思い込みはなかなか簡単には取れないということ。

 

 

 

思いこみはある意味「癖」なので、新たないい癖がつくように、辛抱つよく、何度も、何度も、確認していくことです。

 

 

 

 

 

写真は、息子作「あさがお と ひまわり」です。

 

 

 

自分なりにちょっと工夫して描いたそうです。

 

 

 

 

 

エゴ、について 七

思い込みは、ひとつクリアしたと思っても、また違う形で顔を出す。

 

 

 

 

 

実体験として、特別視は今だに残っていて顔をだす。

 

 

 

一回クリアしたら、もう大丈夫、ということはない。

 

 

 

人に対しての特別視をクリアしたと思ったら、自分への特別視が残っていた。

 

 

 

自分に対しての特別視に気づけたと思ったら、神に対しての特別視が隠れていた。

 

 

 

神や上位意識への特別視を意識できるようになったら、自分の甘えに気づいた、等々。

 

 

 

 

 

気づくたびに発見があるが、自分の都合や甘えに依存など、いったいどれだけ歪めてものをみているのだろうか、とうんざりする。

 

 

 

うんざりしても、またこれからもどこかで顔を出す。

 

 

 

 

 

「わかっていないことが自覚できていない」ことは常にあるので、こうしたことに気づけるといい。

 

 

 

気づくことで、取り組みがよくなっていく。

 

 

 

取り組んだ分だけ、自分は成長するし、人のエゴもわかるようになる。

 

 

 

 

 

一度に完璧にできればいいが、エゴは不完全なので、こうした繰り返しで、自分の不完全さを理解していくことになる。

 

 

 

自分の不完全さがわかると、他者に対しても理解が進み否定が減る。

 

 

 

お互い様、といえるようになる。 

 

 

 

対等公平の理解を深め、全肯定への理解がすすむ。

 

 

 

 

 

全肯定のこの宇宙は、様々な可能性がある。

 

 

 

なにを選択するかにより、私たちは上を目指していくことができる一方、誤った選択をすれば、下に落ちていく可能性も常にある。




しかし、どちらも可能性。




いまこの時にできることは、目の前のこと。

 

 

 

日々の取り組みとしてできる限り思い込みを減らし、自分に都合よくものを考えないよう、エゴの整理をしておくといい。

 

 

 

 

 

転生繰り返して「実存を見る」という最終ゴールに到達するまでは、とにかく折に触れて、エゴのチェックとコントロールを意識的に取り組むことです。

 

 

 

ようは、「ずっとやる」、ということです。

 

 

 

 

 

小妹さんの新作

こちらで何度かご紹介させていただいている小妹さん(おいもさん)が、ご自身のブログで新作をアップしました。

 

 

 

ご自身の体験をもとに描いていらっしゃるため、皆さんの取り組みにも役だつ内容となっております。

 

 

 

是非一度、ご覧ください。

 

 

 

私は、続編が読みたくなりました。

 

 

 

https://note.mu/sainosanric

 

 

 

 

 

エゴ、について 八

自他ともにエゴのチェックをする際にまず気を付けることは、おかしなところ、矛盾していること、間違っている点、それらを見つけること。

 

 

 

また、できていることや結果がでた取り組み内容が正しいことなど、それらを素直に認められたなら自信になり、自分の成長や幸せに役立てられる。

 

 

 

 

 

言葉は不完全なので、使い手や受け取り手によってや、使われる時代や状況や場所によっても、その意味が少しずつ変わってしまうもの。

 

 

 

間違ってはいないが、言葉が足りない。

 

 

 

理解としてあってはいるが、まだ途中段階。

 

 

 

そういうものもある。

 

 

 

それらを間違っている、とすることがないように気を付ける。

 

 

 

 

 

どんな存在も不完全。

 

 

 

どこか歪みが残っていたり、足りないところがあったりする。

 

 

 

その歪みがあるからといって、否定的に見る必要はない。

 

 

 

エゴの癖みたいなものだが、理想主義的な性質が強い人は、ちょっとした歪みがあるだけで、その相手も丸々信じられなくなることもある。

 

 

 

しかし、自分の都合にあうことだけや、良い面だけしか見ないうちは片手落ち。

 

 

 

より正しい判断は、全体を見ることでできるようになる。

 

 

 

 

 

変わらない取り組み姿勢としては、どんな存在に対しても鵜呑みにしないこと。

 

 

 

一度は自分で考えることを、習慣にしておくといい。

 

 

 

誰が言っているかではなく、何を言っているか、で考えること。

 

 

 

 

 

人を信じて、まるごと鵜呑みにすると、歪んだものまで受け入れてしまう。

 

 

 

歪んだものまで取り入れていたら、歪んだことをやってしまう。

 

 

 

それではなかなか前に進まないうえ、下手をすれば大きく後退しかねない。

 

 

 

より歪みの少ないものを取り入れることで、よりよく生きられるようになる。

 

 

 

だから、判断を「誰」に委ねるのではなく、「なにを」に目を向けて自分で判断する。

 

 

 

自分のために、自分の頭を使って考える。

 

 

 

他の誰かではなく自分を信じることで、自分を生きられるようになる。

 

 

 

信じられるような自分であるために、日々の取り組みをする。

 

 

 

 

 

無意識の働きであるエゴをしつけて、チェックとコントロールが習慣化されれば、意識も無意識も自分をよくするために働かせられるため、取り組みそのものも効率的になり、さらに生きやすくなる。

 

 

 

 

 

写真は息子作「りゅう」第二弾です。

 

 

 

上段は、見本にした手ぬぐいです。