※ この「BBSについて思うこと」のシリーズは、宇宙全史という精神世界のワークで学んでいる方に向けた内容となっております。

 

ご存知ない方にはわかりづらい内容だと思いますが、ご了承ください。

 

 

BBSについて思うこと ①

宇宙全史でこれまで学んできた方にとって、これから目にする内容は、非常に刺激的だと思います。

 

 

 

いらした方にはお話してきたこともありますので、そういう方は、改めて確認しながらご自身でもお考えください。

 

 

 

初めて目にする方は、否定的な印象をもたれるかもしれませんが、御自身で判断する機会になりますし、御自身の思い込みに気づくいい機会にできるかもしれませんので、なるべく自他の都合や思い込みを持ち込まずに読み進めていただくといいと思います。

 

 

 

 

 

今回から、講師の件を取っ掛かりとして、虚空蔵さんのエゴについてなど、私が感じてきたことを書いてみようと思います。

 

 

 

宇宙全史は月読の大神が指導されているワークでしたので、「その~」も含めこれまでこうしたことを書いてきませんでした。

 

 

 

しかし現在は、月読の大神がBBSに対して一線ひかれた状況であることと、私が皆さんを指導する立場は引き続き認められていますので、皆さんの思い込みを減らす、エゴを薄くするなど、そうした目的で書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

基本的に誹謗中傷が目的ではありませんし、そうしたことをするつもりもありません。

 

 

 

 

ただ誤解を招きそうなので先に書いておくと、自分の判断に基づき、「間違っていることに対して間違っている」と、ありのままと思うところを書くことなので、その通りであれば否定ではありません。

 

 

 

好き嫌いの嫌いは否定とは違う、というお話と同じで、違うものや間違っているものをそのように指摘することは、否定ではありません。

 

 

 

その時々で受け取った私の上位意識からの言葉も絡めて書くことになると思いますので、そこは楽しみながら、しかし真剣に考えていただき、皆さん各自でご判断ください。

 

 

 

 

 

今回、お互いの自由を認めてかどうかはわかりませんが、「一緒にやる気はないよ」「もう関係ないよ」という態度で、虚空蔵さんからは一方的に私の名前を削除されましたので、私は自由な立場でお話もできます。

 

 

 

私が感じてきた虚空蔵さんのエゴについて書くことで、自分とは異なる視点から考える機会にもなりますので、読んだ方達ご自身の思い込みに気づいていただき、よりいっそう意識レベルを上げられる機会にもできます。

 

 

 

なぜなら、これによって読んだ方の思い込みが減れば、よりありのままに近い状態で物事が見えるようになるため、気づいた分だけその方の意識レベルが上がっていくからです。

 

 

 

 

 

先日更新したブログでも書きましたが、私の宇宙全史での講師としての立ち場は、月読の大神の指示によって始まっています。

 

 

 

その講師について先ほども書きましたが、BBS上で私の名前は削除されました。

 

 

 

しかし、今回の一連の掲載のなかには、一言も「月読の大神」の名前が出てきていません。

 

 

 

 

 

そこで、それを踏まえてこちらで直接確認をとることにしました。

 

 

 

すると、ひろかねさんの働きかけによって月読の大神から得られた回答は、

 

 

 

「不許可の指示はだしていない」

 

 

 

という一言でした。

 

 

 

 

 

この一言を皆さんがどうとらえるかですが、私には虚空蔵さんに対して積み重ねてきた判断がいくつもあり、それらも踏まえて今回の事について出した結論は、

 

 

 

「虚空蔵さんが独断でやった」

 

 

 

でした。

 

 

 

その判断してきたことをこれからいくつか書いていくのですが、今回の事について私の判断が正しければ、彼は月読の大神にきちんと確認することなく、上位意識の指示に対してエゴの価値観を優先したということになり、「自分の方が上である」と、態度で示したことになります。

 

 

 

その通りであれば、絶対やってはいけないことをやってしまった、ということになります。

 

 

 

 

 

また、講師を外すことに対して、誰が聞いても納得できる説明は、普通に考えればできることなのです。

 

 

 

例えば、

 

 

 

「宇宙全史で公式に開示しいていない情報を、こちらに確認することもないまま勝手に掲載しつづけたので、こちらとしては責任をもてませんので、講師をはずします」

 

 

 

と一言載せれば、見えない世界を信じない方でも納得いく話になります。

 

 

 

しかし、そういった書き方はせず、本当かどうかもわからない、しかも場合によっては悪意さえ込めて創作されたかもしれない過去世を元に、ひろかねさんに対してその人となりを決めつけました。

 

 

 

また、身元が明らかになる立場の私に対しては「憑依されている」と、一般的に悪印象を与える、通常では確認の取れない一方的な判断を、不特定多数の方が閲覧できるところで掲載したことに対して、私は非常に違和感を覚えました。

 

 

 

子供たちの名前も過去に投稿して掲載されていますので、そのことは掲載してきたご本人もよくご存知だと思うのですが、仮に忘れていたとしても、そうした当事者以外への影響も含め、このような無責任な対応をされる方が、どういった立場で、なにを指導しているのでしょうか。

 

 

 

今回のことで書き込まれた内容を見ればわかると思いますが、いい大人ですら、キチンと確認もせずに信者となって賛同してしまっています。

 

 

 

人づてであっても、子供が聞けばどういう反応をするかくらい、お子さんもいらっしゃる立場であれば、わかりそうなものです。

 

 

 

「礼儀」を人に求めるのであれば、ご自身は一体どうなのでしょう。

 

 

 

自分のことを棚に上げて話をされているのであれば、まだ特別視がしっかり残っていることになるため、意識レベルを上げる取り組みを誰よりもやってきたかのような掲載文をこれまで何度も見てきましたが、実際身になる取り組みができていないということになります。

 

 

 

 

 

今回、そうした内容を書く必要性が、いったいどこにあったのでしょうか。

 

 

 

必要性として考えられるとすれば、エゴの都合です。

 

 

 

そこから見えてきたことについて羅列すると、

 

 

 

・自分は特別な立場で絶対的に正しい存在

 

 

 

・そんな自分にたてつく奴は悪い奴

 

 

 

・その悪い奴に従うやつも悪い奴

 

 

 

・でも自分の都合目線での悪い奴なので、なにを使ってでも、誰が見ても悪ものに仕立て上げるよう印象操作する必要がある

 

 

 

・確認が取れないもので書けば、反論できない

 

 

 

・特別な立場で書けば、信じている人も多いから、確認が取れないものでも許される

 

 

 

・過去世など、他ではできない自分だけのやり方で特別視を強調すれば、さらに見ている人を信じ込ませられる

 

 

 

・結果、たてついた奴は悪者になり、それをやっつけた自分の株は上がる

 

 

 

このように思えるのですが、いかがでしょうか。

 

 

 

見えない世界のお話はいいのですが、それが本当に正しいかどうか、他の人にはわかりません。

 

 

 

他の人にわからないものを根拠に、人のことを決めつけて公表するのは、どうなのでしょう。

 

 

 

私も見えない世界の情報を書くことはよくありますが、皆さんに考え判断してもらいながら読んでいただけるようにしているつもりです。

 

 

 

絶対的に正しいとは言えませんので、「私は信じているけど」、というスタンスで書いてきています。

 

 

 

 

 

講師になる前あたりから私が投稿しなくなるまでの私のBBSへの投稿について、当時いらしてくださる方たちとお話していて気付いたことがあります。

 

 

 

それは、全部ではありませんが、私が投稿した文章のほぼすべてが掲載されていた、というものです。

 

 

 

「投稿したけれど、なかなか掲載されないものですね」ということを、よく聞いていたため覚えていました。

 

 

 

一部掲載されなかったものもあると思いますが、掲載されたものものも含め、いまではほとんど覚えていません。

 

 

 

ただ覚えていないなりに考えてみると、ひろかねさんについて尋ねたこともあったかもしれませんが、URLを載せようにも、載っているサイトなど私は知りませんので、可能性があるとすれば、「私のブログを見てください」と載せたのかもしれません。

 

 

 

しかし、当時の私の文章を見ていただければわかるように、「見なさい」という態度で書くはずもなく、なにかしら気を使った文章で送っているでしょうから、確かに足りない面は多々あるにしても、礼儀をわきまえないとばっさりやられるほど失礼なことをしたとは思えません。

 

 

 

あの頃URLを含めて送ったかもしれないものは、他の方のブログで「InDeep」の南極の氷のお話と、小妹さんの描いてくださった漫画を見てもらうため、が考えられます。

 

 

 

 

 

なんにせよ、不確かな情報や判断をもとに私は悪者扱いされていますし、ひろかねさんに対する対応も、一見筋が通っているように見えている方もいるかもしれませんが、丁寧に見ていくと疑問がでてくるような対応をされていることがわかってくると思います。

 

 

 

 

 

余談ですが、ひろかねさんに教わるようになって自覚させられたことがあります。

 

 

 

宇宙全史で学び続けてきた結果、具体的になにがどう役立ってどれくらい成長したのか問われた時、自分ではわかりませんでした。

 

 

 

なぜなら、ほとんど成長していなかったからです。

 

 

 

これは自分の問題もありますが、わかったつもり、成長したつもり、と、つもりだけが積みあがったうえで、しっかりあぐらをかいていました。

 

 

 

具体的な取り組み方法まで理解して、初めて行動に移せます。

 

 

 

BBSとひろかねさんの教えてくださる内容の違いは、その取り組みの具体性にあります。

 

 

 

結果をだすためにどうするか、という考え方なので、成長も実感しやすいのです。

 

 

 

 

 

今回は長くなりましたので、ここまでで一旦区切ります。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ②

BBSのその後の方向性を決定的にしたことですので、真理を曲げる意味について書いておきます。

 

 

 

 

 

神といっても様々な段階がありますが、月読の大神ほどの神様となると、真理をつかさどる存在ですので、歪みの多いエゴがそうした存在の決めたことを勝手に覆すようなことをすると、真理を曲げたことになります。

 

 

 

 

 

ひろかねさんの発言に対してもそうでしたが、体験した人の言葉を体験していない人が否定することはできません。

 

 

 

なぜなら、「正しいこと」を「間違っている」ということになるからです。

 

 

 

ひろかねさんに限らず、エゴで生きている人が実存を見るような高い覚醒体験をすることは、人類の意識進化を目指すうえで非常に貴重なことです。

 

 

 

誰も到達していない道を切り開いたわけですから、意識の進化を純粋に求める方であれば、きちんと話を聞きたいと思うのが本来の姿勢ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

ひろかねさんはBBSでこのように書いていました。

 

 

 

『体験した人の言葉には力があり真実がある。

 

 

 

その人の言葉を信じられたなら信じた人も力と真実に近づくことができる。』

 

 

 

 

 

そこを確認もせず、一方的に間違っていると判断してあのように回答したことは、求道者の取り組みとして偏りを感じます。

 

 

 

 

 

 

思い込みで生きている私たちは、エゴが考える狭く偏った考え方にはまり込み、そこから抜け出せずに一生を終えていくことがほとんどです。

 

 

 

なにが正しいかを明確に知ることができるとしたら、幸せを求める者にとっては、これ以上ないくらい貴重なものとなるはずです。

 

 

 

そうした貴重なものを歪めて信じてしまうと、信じた人が気づかない限り、正しい結果を出せなくなります。

 

 

 

 

 

生きづらくすることがカルマを積むことですので、影響力のある立場で間違ったことを伝えてしまうと、それをみんなが信じて実行してしまった時に、非常に大きなカルマを積むのです。

 

 

 

宇宙を歪める方向でやったことですから、宇宙に対してちっぽけな存在であるエゴにそれがカルマとして返ってきたら、ひとたまりもありません。

 

 

 

冒頭でも書いたように、真理をつかさどる存在に下位意識がたてつくような行為も同様です。

 

 

 

 

 

真理を曲げるということは、絶対やってはいけないことなのです。

 

 

 

また、そうした行為に安易に賛同することがなにを意味するのか、わかっていないと思わぬところで自らの運命を思わぬ方向に決定づけてしまうこともあるので、ここはよく理解していただくといいと思います。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ③

私がこれまでもお伝えしてきた方向性としては「地球に残ること」、そのための最善と思えることとして、ひろかねさんから教わった「全肯定」を皆さんにお伝えしています。

 

 

 

一方、虚空蔵さんの方向性は、BBSNo.3238の回答に書かれていた「全否定」だと思います。

 

 

 

あの時点で、虚空蔵さんの取り組みの方向性が、はっきりさせられました。

 

 

 

 

 

「全肯定も全否定も、一元ということでは同じレベルの話であり、全否定でも実存を見ることはできると思うよ」

 

 

 

これは、ひろかねさんから最近聞いた話です。

 

 

 

 

 

ただ、「全」とはついているものの、どちらも「100%」の肯定や否定ではありません。

 

 

 

95%くらい否定できれば、全否定といえるらしいのです。

 

 

 

(肯定も同じで、微かに否定は混じるようです)

 

 

 

なぜなら、「否定」するということは、そのことを「やらない」「行わない」、と

いう意味でもあり、生きている以上は息をしなくてはなりませんし、体を維持するために最低限の食事や飲水などを「行なう」ため、肯定をすべてはずすことはできません。

 

 

 

ですので、最低限の行為として、肯定がどうしても必要になるのだそうです。

 

 

 

 

 

それを実際にできる人がいるかどうかはともかく、実践するとなると、

 

 

 

・日常生活から切り離して山奥にこもるなどする

 

 

 

・生命維持のために必要最低限の活動をする以外は、否定としてそれ以外は「やら

ない」ということを覚醒するまで続けられたら、実存をみるような覚醒になる

 

 

 

・でも、普通は覚醒する前に絶望して終わるだろうね

 

 

 

理論上はそうした形での取り組みになるようですので、できなくはないようです。

 

 

 

自分が求める幸せ、それにあった取り組みであれば、いいと思います。

 

 

 

 

 

ひろかねさんがおっしゃっていた全肯定と全否定の関係を考えると、どちらも行き着くところは同じです。

 

 

 

どちらを素直な気持ちでやりたいと思えるか、一度自分で確認してみるといいのではないでしょうか。

 

 

 

ただ前回書いたように、真理を曲げてしまった方については、取り組み方としての可能性はあっても、到達できるかどうかや、どこに到達するかは、別の話になります。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ④

昨年2016年の4月に洞爺湖に行った際、上位意識から一言ありました。

 

 

 

そこでいわれたことは、

 

 

 

「『20年後・・・』の発行で、彼の役割は9割終わった」

 

 

 

というものです。

 

 

 

 

 

あと1割はこの時点でよく確認をしませんでしたが、後日確認したところでは、救世主が出てくるタイミングかなにかを語ることが残されていたようです。

 

 

 

そして、最近「救世主31組」のお話が掲載されたのを見た時、

 

 

 

「(情報を)大きく歪めちゃったね」

 

 

 

と上位意識から一言ありました。

 

 

 

 

 

「先延ばし」されることによって状況も変わるため、よりよい可能性を求めて計画の変更は常々なされています。

 

 

 

そのため可変事項もありますが、月読の大神から公式に出された内容としては、いまでも別巻に書かれていた「1020体」が、やはり基本的な計画としての情報のようです。

 

 

 

 

 

別巻に書かれていたユートピアとしての地球は、「その~」で書いたように状況が変わり、意識の進化を求めるには、これからは地球が一番いい場所となっています。

 

 

 

ですので、私が最善と思えることとして、この地球に残れる方法をお伝えしています。

 

 

 

そして、その方法を実践するのは、いまこの時です。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ⑤

皆さんに考えてほしいのは、虚空蔵さんもエゴで生きている、ということです。

 

 

 

私たちと変わりないエゴで生きているにも関わらず、聖人や完成された人間であるかのようにとらえ、間違ったことを言わない、正しいことしか書かない、そう思いこんで見てしまっていませんか、ということです。

 

 

 

 

 

全体を見て、初めて正しいことが見えてきます。

 

 

 

エゴで生きているのに、自分達の都合のいいところだけ見て、他のエゴの歪んだ処を否定していては、全肯定にはなりません。

 

 

 

「自分の都合」というフィルターをスッと外せればいいのですが、思い込みがあると拒否反応がでますし、具体的に書いても気づきたくなければ、わからないままということもあります。

 

 

 

変わりたいのであれば、自分の都合で見るようにしていないか、考えてみて下さい。

 

 

 

そのようにして考えられるようになれば、より正しい情報に気づきやすくなり、成長に役立てられるようになっていきます。

 

 

 

間違った情報に気づければ、そこに時間をかける必要もなくなり、取り組みの効率があがります。

 

 

 

特別視するような情報を信じてしまうと、鵜呑みにして自分では考えられなくなり、より一層気づくことがままならなくなります。

 

 

 

 

 

人を美化して、エゴの歪みが無いかのように思い込んで見ているうちは、エゴを認めず、どこか否定を残してものを考えています。

 

 

 

足りないところがあるんだ、間違った解釈をしている場合もあるんだ、と、エゴを認めて気付ければ、それを元にどうするか考えられ、意識してコントロールできるようになっていきます。

 

 

 

ですので、いまは「こういうエゴがありますよ」ということを書いて、皆さんに気づいていただけるようにしています。

 

 

 

 

 

私は、ひろかねさんに地道に懇切丁寧に教えていただくことで、ずいぶんと変わった実感があります。

 

 

 

その中でも、虚空蔵さんのエゴを認められるようになったことは、非常に大きな変化だと今でも思います。

 

 

 

そして、自分で考えるようになり、自分のエゴにも気づきやすくなっていきました。

 

 

 

「言うことはすべて正しいと」いうように、虚空蔵さんのエゴを認められないうちは、自分で考えて結論を出したり、結果をだすための取り組みについて、理解しようとはしていませんでした。

 

 

 

わかった気になり、できているつもりを積み重ね、妄信する信者になろうとしていました。

 

 

 

書かれたことを自分では大して考えもせず、いわれるがままにやり、特別いい結果がでることを期待するようなひどい状態でしたので、いまでもそこから抜け出すことの延長で取り組んでいます。

 

 

 

いまも当然思い込みはあるので、気づいた時に気づいたことを変えるようにはしていますが、成長を実感しつつ、気づいて凹んで立て直す、そのことの繰り返しです。

 

 

 

時間はかかりますが、地道な取り組みが大事ですし、それはお祈り以前に自分でできることです。

 

 

 

自分で気づくことの大変さを実感していますので、やる気のある方の気づくきっかけになればと思い、いまはなるべくブログに書くようにしています。

 

 

 

 

 

ひろかねさんに教えていただいた取り組みは、実際にご自身で結果をだせたものですし、私も覚醒体験をできています。

 

 

 

BBSに関しては、難しいことや特別なお話はあるにしても、書かれている内容から判断すると、虚空蔵さんがエゴを薄くする取り組みをご本人が書かれているほどはできているようにはみえません。

 

 

 

また、月読の大神や五井先生がどうかかわっているかは書きましたので、今後覚醒する方向に向いているとも、正直思えません。

 

 

 

なにをどうしたら、自分の目指す方向で結果がどれくらいだせるのか、考えてみてください。

 

 

 

上位意識の指導のもと、私たちは正しい取り組みができるようになれば、カルマを解消し意識レベルを上げることにより、覚醒する可能性はあります。

 

 

 

希望する方たちには、そういう方向での具体的な取り組みを、いらしてくださったときに個別にお伝えするようにしています。

 

 

 

 

 

写真は、息子作「ワニ」です。

 

 

 

字を装飾したため、「ワテ」に見えますね。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ⑥

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BBSについて思うこと ⑦

BBSでのひろかねさんの投稿が201612月に初めて掲載されて、年が明けた頃だったでしょうか、五井先生の名前がBBSに出てこなくなった時期がありました。

 

 

 

ひろかねさんの投稿の中に、五井先生と同じ考えであることが書かれていたことに対して、なんらかの拒否反応がでていたのかもしれません。

 

 

 

このとき、私の上位意識からは

 

 

 

「次に五井先生(の名前)が出てくる時は、もっと上から(五井先生を)利用するように書いてくるよ」

 

 

 

と言われていました。

 

 

 

その後ほどなくして、BBS2017/2/4 No.3338が掲載されました。

 

 

 

その中の回答が、このことにあたります。

 

 

 

 

 

濁して書いていますが、ひろかねさんが書いているように、「自分が一番」というエゴ肥大した結果が、ここには表れていると感じました。

 

 

 

「遊撃手」にあやかるというのか、自分の本体であるということを理由に、それを利用していることを感じます。

 

 

 

また、さらに前の2016.11.26.No.3227の回答では、地球人類がどうにもならなくなっている、ということに対して、「彼ら自身が」という書き方をしています。

 

 

 

エゴの私たちにとって、本体が遊撃手や名のある神さまであろうとなんであろうと、やっていることや言っていることがおかしければ、まったく意味をなしませんし、結果が出ていなければ取り組みの正しさも実証もされていないことになります。

 

 

 

実証されていないのであれば、なにを引き合いにだしても大して意味はありません。

 

 

 

判断をしないで生きていると、こうしたことに価値があるかのように思えて、信じる根拠にしてしまいます。

 

 

 

「※※の神さまがついている」「※※※の生まれ変わり」というのも、結果が出なければ同じことです。

 

 

 

結果がでるまでは、判断のつかないそうしたところよりは、実際に確認のとれる現在の取り組みなど、「なにを」に目を向けることが大事になります。

 

 

 

 

 

地球人類というくくりにおいて、エゴ主体で生きている以上は他の人たちと変わりません。

 

 

 

自分をかやの外に置く理由はありませんので、こうした何気なく思えるところに、思い込みは顔をだします。

 

 

 

個性や能力の差はあってもエゴはエゴであり、覚醒したとしても因果応報は平等に働くので、自分を特別扱いする理由はないと私は思っています。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ⑧

すこし前に更新した右のNo.3475の回答だけではありませんが、非公開情報の権利取得に関して、月読の大神に確認を取ったかどうかの確認が書かれていないことがあります。

 

 

 

確認をとった風な書き方をしているところもありますが、明確には書かれていないことがほとんどではないでしょうか。

 

 

 

上位意識の判断を端折って書くことは、できる立場にないと思います。

 

 

 

端折って書くということは、相手をおろそかにしていたり、慢心によって自惚れている可能性があります。

 

 

 

例えば、社長の決定事項を部下がなにも説明しないで発表するようなことを、会社組織ではやらないでしょう。

 

 

 

 

 

非公開情報のAEのランク分けは、実際のところ、その根拠がはっきりしません。

 

 

 

個々に振り分けはなされていますが、ワーク全体の方向性としてそれぞれの意識レベルを上げる目的があるなら、学びの場でもあることですし、明確な基準に照らし合わせて、都度その理由を書くべきです。

 

 

 

なぜなら、理由がはっきりしないことで、エゴ勝手な判断で自分に都合よく考えてしまうからです。

 

 

 

よくわからない規準のもと、このシステムのいったいどこに学びがあるのでしょうか。

 

 

 

 

 

私から見ると、非公開情報のカテゴリー分けは、エゴの歪みを助長しています。

 

 

 

エゴである以上は、私たちは他の人とあまり差はない「どんぐりの背比べ」です。

 

 

 

自分を特別視しないためにも、こういう意識は大事です。

 

 

 

また、「他の人にできるなら、考えてあきらめずに取りくめば、自分もできるかもしれない」と、他者に対する特別視を減らして、自分の可能性を広げていくためにも、大事なことです。

 

 

 

意識レベルを上げるというのは、生きやすくなる、ということです。

 

 

 

 

 

情報を丁寧に見て考えていくことで、判断できることがあります。

 

 

 

エゴによる歪みの刷り込みは、正論を書いたあと、それを信じて油断した頃に忍ばせてきます。

 

 

 

書き手には自覚がないため、読み手は「だれ」ではなく「なに」に注意して見ていないと、まちがったことをそのまま信じ込んでしまいます。

 

 

 

エゴのチェックでは、そういうところにも気を付けます。

 

 

 

 

 

非公開情報は、一生かけて一つみつけられるかどうかの秘儀、みたいな話も以前載っていた気がします。

 

 

 

私の実感として、ひろかねさんから教わった内容は、非公開情報で書かれている内容と時に重なることもありますし、より具体的です。

 

 

 

実際に役立てられて情報は意味があります。

 

 

 

わかったつもりでは、役にたちません。

 

 

 

施術の際には役に立つ話をしていますので、興味のある方は是非一度お越しください。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ⑨

2017/8/21 No.3441の回答の最後に、

 

 

 

『(救世主についてはあまり関知しなくてもいいのです。彼らの役に立とうとか、彼らの礎になろうとかどうでもいいことです。救世主には救世主の天命があり、あなたにはあなたの天命があるのですから)』

 

 

 

と書かれていました。

 

 

 

エゴの本より救世主の話を優先して先に出すことと、矛盾している内容です。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ⑩

宇宙全史求聞持法について。

 

 

 

記憶が不確かなので調べてみると、最初に求聞持法について触れたのが、BBS2016/1/7 No.311だったようです。

 

 

 

BBS2016/1/7 No.311

 

 

 

『この「宇宙全史求聞持法」は、今の私たちの生活に合うように少し簡略化されていますが、その効果は中々のもののようです(まだやっていないので分かりませんが)。』

 

 

 

『空海の求聞持法は、精神といいますかスピリチュアルな面に強く作用するものですが、この「宇宙全史求聞持法」は、肉体にダイレクトに作用します。

 

 

 

特殊な真言を100万遍唱えるというシステムは虚空蔵求聞持法と同じです。

 

 

 

果たしてどうなってしまうのかお楽しみに』

 

 

 

 

 

BBS2016/1/12 No.312では、

 

 

 

私はすでにその修法に入っています。

 

 

 

入ってからわかったのですが、100万回の成就まで待たずに、すでにその効果が現れて来ています。

 

 

 

私自身はもちろん、私の周囲の人たちから、非公開権利者、このBBSで真剣に学んでいらっしゃる方たちへと、その効果は波及しているはずです。

 

 

 

驚きました。

 

 

 

こんなに即効性のあるものとは思ってもいなかったので、始まったばかりですが、何とか最後までがんばりたいと思います。』

  

 

 

 

 

BBS2016/1/29 No.313

 

 

 

『あと一週間です

 

 

 

果たしてどうなってしまうのでしょうか

 

 

 

おそるべし宇宙全史求聞持法』

 

 

 

 

 

100万回やるにはどれくらいかかるのかを、このとき計算してみました。

 

 

 

世界平和の祈りをできるだけ早口でやってみたところ、約6秒でした。

 

 

 

それをもとに計算してみると、

 

 

 

1分で10

 

 

 

1時間で600

 

 

 

10時間で6千回

 

 

 

100時間で6万回

 

 

 

1000時間で60万回

 

 

 

1500時間で90万回

 

 

 

・約1670時間で100万回くらい

 

 

 

ということになりました。

 

 

 

118時間使えば約93日、仕事もあり、実際あてられる時間が4時間ほどだとしたら、約418日です。

 

 

 

 

 

求聞持法の文言を知りませんが、「どう考えても、1月に始めて2月の節分に間に合わないよな、これは」と考えていました。

 

 

 

とりあえず、完全覚醒という結果は出ていませんし、求聞持法の取り組みについてその後どうされているのかも触れられていないのでわかりません。

 

 

 

しかし、できないことをできる気になるのは、自分に対する特別視があるからです。

 

 

 

完全覚醒を前にして、まだなお「慢心」というエゴがあった、ということです。

 

 

 

 

 

ひろかねさんが覚醒体験をされたときは、その翌日に私に電話をくださり、一つ一つ私の神さまに確認をとり、納得するまで質問をされていました。

 

 

 

また、小妹さんの漫画にも描かれていますが、「同じエゴなんだから、自分にできたら誰でもできる」という考えは今でも一貫している方です。

 

 

 

はっきりものをいいますが、きちんと理屈で説明できる筋の通った方であり、慢心があると私がひろかねさんに感じたことはありません。

 

 

 

しかし、その覚醒体験時の様子をBBSでは、「その瞬間『慢心』というエゴにとらわれ」と書いています。

  

 

 

BBS2016/12/11 No.3244の回答、

 

 

 

『あなたは実際にマニピュラチャクラ(太陽神経叢の辺りにあります)が一時期開いています。

 

 

 

しかしその瞬間「慢心」というエゴにとらわれ

 

 

 

「自分は違うんだ」

 

 

 

というエゴがチャクラの開花を止めてしまっています。

 

 

 

その「自分は特別な存在」「人とは違う選ばれた人間」という驕りがその領域に道筋をつけてしまったのです。

 

 

 

と書いていますが、上位意識がいうには、これは虚空蔵さんご自身の節分のときのことのようです。

 

 

  

また、ひろかねさんの過去世として書かれていることについては、ひろかねさんご本人と重なる感じがまったくせず、エゴで勝手につくった話であると私は考えています。

 

 

 

 

 

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BBSについて思うこと ⑪

BBSについては、

「ここまででひとつ区切り」

と、前回書き終えたあと上位意識からインスピレーションがありました。

 

 

 

今後もなにか書くかもしれませんが、とりあえずそういう状況です。

 

 

 

 

 

私たちにはエゴがあります。

 

 

 

あると思って見ていれば、無いかのように鵜呑みにするよりは、間違った判断が減ります。

 

 

 

自分で考えなくなってしまうと、自分の進みたいと思っていた方向とは異なる方向に進んでしまうこともあります。

 

 

 

自分が進みたい方向に正しく進むためには、上位意識との繋がりのもと、自他の思い込みに気づいて自分で判断していくことです。

 

 

 

 

 

写真は、息子作、「柵」です。

 

 

 

 

 

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