帰省して感じたこと

調子にのって画像載せまくってます。



今回帰省を前に、ひとつ課題を与えられていました。


勉強会で先生のお話に出てきたことです。


内容を口外することはあまり佳しとされないためはっきりとはかけませんが、自然とは、という感じのものでした。



私の実家は田舎というほどの田舎ではありませんが、近所に田んぼがあるので水路があり、あぜ道があって、野の草花もそれなりにある環境です。


朝家族で散歩していると、見知らぬ登校中の学生たちと挨拶を交わしたり、子供たちと散歩していればちょっとした生き物を見つけただけでわくわくし、田んぼの中を泳ぎ回るたくさんのおたまじゃくしを見て興奮、毛虫や芋虫を見つけて驚き、カエルを妻に見せて悲鳴をあげさせるなど、充実した時間があっという間に過ぎていきました。


また夜になるとカエルの大合唱が聞こえます。


とても賑やかですが、不思議と嫌な感じはしないんですよね。



息子はだいぶ慣れてきましたが、実家はいまだに汲み取り式のトイレで、ハエもたくさんいて怖くて一人では行けません。


夜になればなおのこと、今住んでいる環境とちがい、本当に暗くなります。



日中に少し車を走らせて出かけたところではキジの鳴き声を聞きました。


「見に行ってみようか?」


と息子と二人で歩いて行くものの、彼の身の丈以上に生い茂る草むらにはばまれてそれ以上進む気が起きなくなってしまいました。



場所にもよりますが、東京での生活は非常に楽で快適だと思います。


人工物に囲まれて、田舎では当たり前に目にする雑草さえも珍しい環境は、他の生き物との接触がほとんど無くなってしまっているからです。


しかし、楽で快適といっても、自然の多い環境で生きる上での大事な緊張感が抜け落ちてしまっていることにも気づき、少なからずショックを受けました。



安易な比較ですが、田舎ではひとつの環境の中で、多様な生物がそれぞれ自身の生命を生かそうとして共存できています。


しかし、人間に住みよい環境に特化すればするほど、蛇に出くわしたり、むかでが天井から落ちてきたり、蜂やハエやケムシにイタチ、他の生物との関わりは減るばかりです。


そんな環境で生き抜くものもいますが、ひとつの環境で共存しているとはとても言えない気がします。



このところ知りえた情報を通して、人は食事や医療、生活習慣、社会制度、その他にも多くのことから、生命という大事なものに秘めた可能性を随分と損なっている気がしています。



「アルジュナ」はその辺りをとてもわかりやすく考えさせてくれました。


カスタネダのドンファンシリーズなどは、ちょっと読むと異常体験のようでもありますが、現在勉強させていただいている内容を実感するたびに、あの本の中の世界に少し現実味が出てきたりもします。



「生きる」ということを「自然の中」で見つめてみると、大事なことに気付けるような気がする、そういう想いで今回は東京に帰ってきました。


その帰り道、車を運転しながら前方に見える山々を眺めながら内観していると、大地に根差し揺るぎない安定感を内に秘め、自然と調和しているその姿に感動してしまいました。


この感覚を少しは残して施術ができたらな、と考えています。