梅雨

今年は梅雨らしい毎日が続いていますね。

 

洗濯物がなかなか乾いてくれません。

 

子供を学校に送った帰り道、久しぶりにカタツムリを何匹も見かけました。

 

岐阜でよく見ていたものとはちょっと違うんですよね。

 

楽しいひとときです。

 

 

 

ちょっと前に私が気にしている地震を予測している方の情報について触れましたが、予想されている中規模以上の地震がまだきていません。

 

無ければ無いでいいのですが、データもその後変則でずいぶん極端な動きを見せていたので、ちょっと警戒しています。

 

また、その地震が発生すると、先日の「ン」の字同様、ひとつの区切りでもあるようです。

 

こうした区切りは人それぞれなので、関係ない方もいらっしゃいます。

 

当事者であっても、その区切りに気づくのは「その後」でしょう。

 

私たちの自覚がないところで、一つずつ期限は締め切られているように感じています。

 

 

 

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コメント: 4
  • #1

    (水曜日, 29 6月 2016 22:31)

    だいさん

    梅雨・・・。

    私は外で仕事をしていますが、やはり雨と湿気、たまに晴れれば結構日差しが強かったりと、何かスッキリしない事もありますね。
    以前は雨などに含まれる汚染物質などに脅威を感じていましたが、今現在ではあまり気になりません。
    区切りですか・・・気付かないかも。

    だいさん、この後カタツムリに塩をかけなかったでしょうね(笑)。

    それではまた。

  • #2

    だい (水曜日, 29 6月 2016 23:57)

    修さん

    これからどうなっていくのか、流動的な情勢の中でのせめぎ合いがつづく毎日、次々予定が変更されているようでもあります。

    そんな中、それでも一つずつ区切りをつけられながら、私たちはなにかを創造し続けているわけです。

    必ずしも区切りに気づく必要はないと思います。

    やることをやっていたら、関係ないことですから。

    やっていなかった時に、区切りを知って後悔するだけなのでしょう。

    コメントの最後に陰始度が少し顔を出しましたね(笑)

    頑張ってください(^ ^)

  • #3

    (木曜日, 30 6月 2016 21:14)

    だいさん

    つのでも無く、やりでも無く、陰始度がでてきました。

    些細な一言のようであっても、その中に含まれるものには見逃せない何かが潜んでいる事もあります。
    この場合、カタツムリが不幸になっていく様を想像し、その実行犯にだいさんという他人を設定し、自分は外部にいて何気に冗談交じりで言っているようで、実は喜んでいる・・・。
    まさに他人の不幸を喜んでいる、他人の不幸は密の味と言わんばかりでした。

    こういう解釈をしてみましたが、よろしいでしょうか?

    以後、気をつけます。

    それではまた。



  • #4

    だい (木曜日, 30 6月 2016 23:09)

    修さん

    それほど強いものでもありませんが、おっしゃる内容も少しありますし、裁く立場からのコメントになりがちな話題ですよね。
    油断があると、こうしたことの繰り返しのなかではまり込むこともあると思います。

    先ほど都内を震源とする地震がありました。

    瞬間的に突き上げる感じでしたが、大きな扉が閉じられたかのような感じがしています。

    なんだかイヤな感じです。