3つの繋がりについて

 

陰始度

 

地球との約束「幸せになります」

 

最終学歴「人(他人)のために祈れるか」

 

 (※ 「メモ 3つの繋がり」より)

 

この3つの関連性について最近思ったことがありました。

 

 

 

  1. 陰始度の解釈は「不幸を願う、喜ぶ」と私はしています。

  2. 宇宙全史第一巻、第9章「最後の接触」(P.541~)にある、人が地球とした命の約束が「幸せになります」とありました。

  3. 最終学歴「人(他人)のために祈れるか」

 

 

 

まず①と②については、無意識に様々な形で不幸を願ったり喜ぶ気質がほとんどの人に育まれていますので、ほぼ真逆の行為が蔓延しているわけですから、約束を守る方向は向いていなかったことがわかります。

 

また①と③については、①を選択しなくなっていけば「どうせなにかやるならいい方が・・・」となるため、人とのかかわりの中で、自分に対しても他者に対しても幸せを願うようになるのではないかと思ったのです。

 

そこまで単純ではないでしょうが、それでも日常生活で具体的に心がけるといいこととして「不幸を願わない」「幸せを願う」と考えるのであれば、日々の取り組みはずいぶん気が楽になると思います。

 

他にも大事なことはあるでしょうから、それは個別に考えていただけばいいので、とりあえずこう考えてみてはどうでしょうか、というお話でした。

 

 

 

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コメント: 11
  • #1

    スーザン (日曜日, 24 7月 2016 09:55)

    だい様

    施術の際はいつも真剣に対応して頂き誠にありがとうございます。
    初めてコメントの投稿をさせて頂きます。

    今回の

    陰始度

    地球との約束「幸せになります」

    最終学歴「人(他人)のために祈れるか」

    という3つの関連について非常に分かりやすく、理解することが出来ました。
    日常生活での心がけとして 「不幸を願わない」「幸せを願う」と考えることは
    とても具体的で思い出しやすいため、折に触れて実践して行こうと思います。

    また、私たちが全体性という大きな存在の一部分であれば、他人の幸せを願うこと
    が出来ないと、自分の幸せもまた本気では祈れないのではないかという気もしました。
    心から自分の幸せが祈れるよう「不幸を願わない」「幸せを願う」を実践していきます。

    気づき得るための貴重な実践方法をお教え頂きありがとうございました。

  • #2

    NORI (日曜日, 24 7月 2016 22:19)

    だいさん

    今日の帰りに電車を待っている際、ものすごく心が落ち着いて気持ちが楽になり、この状態なら相手の不幸を願ったり、否定したりすることがないかもと思える体験をしました。

    最近は、いろいろあるので、綱引きのような状態が続くと相手の不幸を思う時が多々あります。
    でも、まれに「最終的に、このときのことを笑って過ごせるといいな」と思えるようなこともあります。

    今日の感覚を忘れないようにして「3つの繋がり」を意識していくとよさそうだなと感じました。

    施術の際にまたお話しますので、アドバイスをよろしくお願いします。




  • #3

    だい (月曜日, 25 7月 2016 12:12)

    スーザンさん

    初だったんですね、ありがとうございます。
    全体性を絡めての理解が得られたのは大きな気づきだと思います。
    日常生活で具体的に取り組むと思うようにいかないこともありますが、

    ・大きな方向性を見失わず
    ・諦めないで続ける
    ・間違いに気づいた時には軌道修正すればいいので、完璧にできないからと責めない

    こうしたことも覚えていただけるといいと思います。

  • #4

    だい (月曜日, 25 7月 2016 12:17)

    NORIさん

    そうした実感は、手探りで進もうとしているその方自身にとっては成長の手ごたえにもなりますから、嬉しいですね。

    また次回ご来院時にお話を聞かせてください。

  • #5

    スーザン (月曜日, 25 7月 2016 21:17)

    だいさん

    ご返信頂きありがとうございました。
    また、具体的なアドバイスも頂き感謝致します。

    「不幸を願わない」「幸せを願う」ということが実際に身につくと
    私にはかなりな変化が起こる気もしますので、倦まず弛まず、
    一歩一歩進んで行きたいと思います。
    ついつい自分を責めていることはあまり気づけていないような
    気がしております。まずはあまり実感が無いのだなという認識から
    始めて徐々に気づけるよう祈り続けたいと思います。

    大きな方向性を見失わずというところはまだ捉えどころが無い感じが
    しております。近いうちにまたお伺いさせて頂こうと思っておりますので、
    その際に直接お教え頂ければと思います。それまでは自分の中で少し
    考えてみようと思います。

    ありがとうございました。



  • #6

    だい (火曜日, 26 7月 2016 16:36)

    スーザンさん

    「大きな方向性について」というブログで一つ書かせていただきました。
    考えてみてくださいね。

    次回のご来院時に、またお話しましょう。

    お待ちいたしております。

  • #7

    papas (木曜日, 28 7月 2016 01:19)

    困っている人ができるんだからやってほしい救ってほしいという他頼り、依存、ではなく、自分だけでは出来ないから恥ずかしながらも力を貸してほしい、協力してほしいという助けを求めるのに覚悟を必要とするものであると、その人の為になれた時、努力の実が実った時に、
    暖かな幸せな気持ちになります。
    皆の為になる平和に貢献でき、光を当てられる世界平和の祈りを唱えられることが幸せであります。
    それは皆の幸せを祈る私は幸せであるということになるのかなと思います

  • #8

    スーザン (木曜日, 28 7月 2016 08:38)

    だいさん

    ブログ「大きな方向性について」を読ませて頂きました。
    こちらの内容をヒントにして、私の学びとリンクさせながら
    少しづつ具体的な理解が出来そうな気がしてきました。

    あまり焦らず、しかし着実に進んで行きたいと思います。
    ありがとうございます。

  • #9

    だい (木曜日, 28 7月 2016 16:21)

    papasさん

    結果が伴った時は確かにうれしいですね。
    相手が自らの不完全さを認め、結果を出すための最善の方法として頼んできたとしたら、それに応えることも時にはいいと思います。
    しかし、これからの時代に向けて想定するべきは、もっと幅のある厳しい考え方かと思っています。

    その人の要求に応えることばかりが人の為ではありません。
    確かに自由を認めるという考え方に基づけば書かれた通りですが、幼い子供や判断のつかない大人にそれを求めることはそのすべてではなく、時に相手に厳しく接することも相手のためになる場合があります。
    相手が悲しんでいても方向性が出ていればよし、となることもあるからです。

    相手が成長を望んでいても、その相手が想定している以上の負荷をかけられたなら、相手は思っていたのと違う、となってしまいます。
    依存する気持ちがある人に、ダメなものはだめ、とはっきり言うにはこちらの覚悟も必要で、そういう厳しさが今回のコメントには少し欠けている感じがしました。
    言うべき時には言える、そういう段階に間もなく入れるようにしておかなくてはいけないと思っています。

    ただその加減ができる方は相当に物事がわかっていないと判断をあやまり、ただのひどい人になってしまいかねません。
    相手に伝わるように働きかけるというのは、けっこう大変なことですので、papasさんも文章を書く時に、相手が理解できるようにもう少し整理してから投稿する癖をつけていくと、いまから練習になるかもしれませんね。
    気づきが得られると勢いで書いてしまい、あとで読み返してもわかりづらい、そういうことがわたし自身多々ありました。
    相手に伝わることが目的であり、自分の気づきの勢いそのままに書くことは、相手の事を思う気持ちが少し足りてなかったと今ではわかります。

    不幸を願う世界にどっぷり漬かった中で、皆とは真逆の事をする(祈る)というのは、皆が嫌がることをする、ということでもあります。
    全てが反対してくるかもしれない過酷な環境で、「幸せ」と思えるだけの自信と根拠、あきらめない強い意志、ぶれない方向性、そういったものが準備できているかどうか、この一見穏やかに過ぎている貴重なわずかな時間に取り組めているか、実は切実に問われ続けていることに気づいていないのが私たちの現状です。
    それができていないと流れにのまれて不幸をより一層願うようになり、カルマを増やし続けて後悔と共に一生を終えるのかもしれません。

    祈りを深める、とはそういうことでもあります。

  • #10

    だい (木曜日, 28 7月 2016 16:24)

    スーザンさん

    気がする、というのは大事です。
    できる気がしない、という時はやはり伴っていないことが多く結果がでづらいです。
    頑張ってください。

  • #11

    papas (木曜日, 28 7月 2016 18:39)

    ありがとうございます
    ここ最近、少しだけ相手の荷の肩代わりと一人では不可能であることを出来る範囲までサポートすることの違いを感じ始めています。

    祈りの理解と共に有り難い事に
    気を改めて引き締められました
    ありがとうございます