是非考えてください

この前のブログ「天命についての気づき」に、UENさんがコメントを書いてくださいましたが、参考になる方が多いと思います。
是非読んで考えてみてください。
いらした方にはこれまで話したことがありますが、全体性がある、とつよく思うことが大事です。
因果応報が働くので、あるのかな〜、だと、あるかもね〜、という程度でしか返ってきません。
つよく思うことが大事です。
『体験した人の言葉には力があり真実がある。
その人の言葉を信じられたなら信じた人も力と真実に近づくことができる。』
 
これはある方の言葉の引用ですが、こうしたこと一つ一つを積み重ねていくことで前に進むということが、私は実感としてあります。
全体性をつよくあると思えるかどうか、それによってその先は大きく変わります。
 
実体験のある方からの言葉を私は信じ、実際に私もプチ体験をさせていただけたこともあり、引用した言葉を実感しています。
 
大事なことですので、よく理解に努めていただきたいと思います。

冬至でどうなのかはわかりませんが、方向性が一つ出せると取り組みやすくなるので、機会があったほうがやりやすい方は、こういうことを利用して取り組んでいただければと思います。
 
UENさんへのコメントと兼ねて書きました。
 
UENさん、ありがとうございます。

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コメント: 14
  • #1

    papas (水曜日, 21 12月 2016 02:20)

    UENさんのコメントから
    全てを受け入れ、目の前のことを対処するというのは前を向いて生きている(ポジティブの)ように感じました。

    お陰様で自分がネガティブ(まだまだ)であることを実感させて頂きました。
    ありがたいことです。
    だいさん、UENさんありがとうございます

  • #2

    UEN (水曜日, 21 12月 2016 13:59)

    だいさん
    こちらこそありがとうございますm(__)m
    『体験した人の言葉には力があり真実がある。
    その人の言葉を信じられたなら信じた人も力と真実に近づくことができる。』
    私もココに強く惹かれました。

    ズボラなので節目というのは非常に助かっています汗
    しかし段々と節目が短くなってきてる気がしますので呑気では居られないですよね^^;
    これからも頑張ります^^


    papasさん
    ありがとうございます(^_^)
    「前向きに生きる」「ポジティブ」という言葉は世界中に溢れていますが、私も表面しか分かっていませんでした。
    偉そうに書きましたが、実際にポジティブに生きる難しさを痛感中です^_^;
    ただ、自分のネガティブを発見できたという事は、それを変えられる可能性が出たということで、凹む反面、嬉しい面もありました(^_^)

  • #3

    零一 (木曜日, 22 12月 2016 00:41)

    「天命についての気づき」とUENさんのコメントを読ませていただいて、全体性を認めて全体性に方向性を向けるのであれば、白も黒も同じように認めて受け入れることが出来るようになっていく必要があるように感じました。
    全体性が全肯定で完全調和であるならば、白だけ、黒だけという考え方ではバランスが取れずに歪みが生じるように思ったからです。

    その様な事を考えていると、2016年8月5日「雑記とお休みの御案内」で、しんすけさんがコメントで「好きとは何か?嫌いとはなにか?」と問いかけられたことが思い浮びました。

    今回のブログとUENさんのコメントで、また一つ大事な課題に気づかせていただいたように思います。

    しんすけさんの問いかけに対するNORIさんのコメントや今回のUENさんのコメントを参考に、白黒のバランスがとれるように取り組んでいきたいと思います。

    ありがとうございます。

  • #4

    しんすけ (金曜日, 23 12月 2016 23:45)

    毎日読まさして勉強してます、感謝です、好きなことや嫌いな事を、食べる食べられるで最近考えるようになりました、たとえば宇宙前史を読むと高いエネルギーを食べれて自分が少しエネルギーが高まります、だから好き。食べられる宇宙前史のみわ様はエネルギーがなくなり、へとへとですが大きな愛念で私たちの事を嫌いにならないで食べさしてくれます。感謝。
    嫌いな人や嫌いな事は、自分を食べて欲しくない拒否反応のような事で、自分を相手に食べてもらうと、自分のエネルギーがへりますが、逆に食べたほうはエネルギーが高まりまり、増えたりもするので、嫌いな人や嫌いな事を進んで受け入れる事で全体的に見てよくなっているんだったら、自分がどんなに嫌いな事があってもあまり気にする事はないとかんじました。
    悟ってない時間以外は、ずーと誰かを食べたり食べたりの時間の繰り返しなので、大嫌いもよし、自分を喜んで相手に食べてもらおうじゃないか、と思ったりしてます

  • #5

    だい (日曜日, 25 12月 2016 01:01)

    papasさん

    「天命についての気づき」のコメント欄に私の考え(#5)を投稿してあります。
    一度ご確認ください。

    あと、プラスでなければマイナスでしょうか?
    ゼロもあります。
    できていることもあるはずですから、安易に言葉を使わないように気をつけたほうがいいですよ。
    意欲を損なう考え方を以前お伝えしたことがあったとおもいます。
    書いた文章を一度読み直して、エゴのチェックをしてみてください。

  • #6

    だい (日曜日, 25 12月 2016 01:29)

    UENさん

    宇宙全史第1巻の第10章に「覚醒とは」という項目があります。
    そこにはエゴのコントロールなども書かれていますが、その中に個人のある段階までの覚醒として
    『・・・自分のその無意識領域をコントロールする段階までいって初めて「覚醒」といえるのです。』
    とあります。

    これは無意識の好き勝手を減らしていくということにもなります。
    意識する、ということは、考えるということです。
    考えて発した言葉には意味があります。

    この前のブログでの私のコメントに「上位の意識」という表現を使っていますが、上位の意識は歪みが少なく正しいことが正しいとわかることのほかに、無意識領域が私たちよりもはるかに少ないということがあると最近考えています。

    つまり、上位の意識が発する言葉には必ず意味がある、と考えた方がいいのです。
    なんとなくで読み流してしまうことが多々ありますので、まず意味を考えながら読まなくては話にならないんですよね。

    さらに、おそらく私たちよりも頭がいいわけですから、真剣に考えないと意味もきちんと理解ができません。
    これひ一朝一夕でできるものではありませんので、常日頃から自分の言葉を真剣に丁寧に発していくことから始めて続けることで、少しずつ身についていく嗜みだと思います。

    体験した人は少なくとも、体験していない人よりその体験した事について理解があります。
    ある意味上位の存在ともいえます。
    ですから、信じればわかる、というものではなく、信じて真剣に考えることで、力と真実に近づくことができるのではないでしょうか。

    学びを深めていく上で、上位の存在の指導は非常に大事なものです。
    学ぶ側の真剣さが求められますね。

    上位の存在を先日感じましたが、初めて畏れ多いという言葉の意味がわかりました。
    命がけで言葉を発するということもあるのだと知り、言葉を丁寧に扱うことをいま学んでいます。

  • #7

    だい (日曜日, 25 12月 2016 01:33)

    零一さん

    白と黒を認めることは大事ですが、全体性はすべてがある状態です。

    白と黒だけではありませんので、その点はご注意ください。

  • #8

    だい (日曜日, 25 12月 2016 01:56)

    しんすけさん

    あまり厳しく書きたいわけではありませんが、気づいたところから改善していくことが大事ですし、ここに書くことは、私が気づいた範囲でエゴを指摘してもいいよ、という解釈でいますので、学びに生かしていただければと思います。

    食べる事に例えていらっしゃいますが、書かれていることを言い換えると、自分の得になることは好き、という損得勘定のお話になります。
    みわさんにはお会いしたことがありませんのでわかりません。
    ただ、自分を犠牲にしているのであれば書かれているようなこともあるかもしれませんが、あまりそういう感じでワークをされてきたようには思えません。
    自分のためにやっていることは、誰かにとられたという発想になりづらいものです。
    ご自身の書いた文章を読み返して気づくことで、成長します。
    賢くなるということです。

    エネルギーの増減は意識レベルの高さとは違うものです。

    嫌いなことを進んでやることは、やせ我慢です。
    葛藤が生じる分、エゴの歪みは増し、カルマも増えます。
    全体としては良くならず、むしろ下降ですね。
    気にして考えていただいた方がいいと思います。

    他でも書きましたが、全肯定は存在についてです。
    好き嫌いは存在に含まれているものなので、嫌いなものを無理に肯定すると歪みが生じます。

    確かに弱肉強食の世界ですから、強いものの都合が優先はされますが、喜んで食べてもらいたくはないですね。
    苦しいの、イヤじゃないですか。
    相手も選ばないと、エゴは嫌がると思いますよ。

    善悪や歪んだ思い込みがあることで、私たちは正しいことが正しいとわからなくなってしまいます。

    ですから、一番歪みの少ない全体性に大きな方向性を向けて考えるようにし、小さな方向性をその大きな方向性と照らし合わせながら歪みの少ない取り組みを見つけて行く方法をお伝えしています。

    今日はちょっとこれ以上書く元気が残っていませんので、しんすけさん、がんばって考えてみてください。

    またのコメント、お待ちいたしております。

  • #9

    だい (日曜日, 25 12月 2016 02:12)

    しんすけさん

    言葉が足りないところもありましたので、また後日補足するかもしれません。

    自分が犠牲になることを美化しているところが気になりました。
    自分の方向性にあっていればそれでもいいのですが、幸せをねがうのであれば、犠牲になることは矛盾するものです。
    痛いことや苦しいことは、方向性にあっていて必要であると理解したり納得できれば、それはそれで受け入れると思います。
    しかし、相手の一方的な都合を優先されて、それを無理やり押し付けられる理不尽なこともあるのがこの世界です。
    自分の自由を歪んだ考えて邪魔するものに対して喜んで身を投げ出すようなことにならないよう、御考えいただければと思います。

  • #10

    だい (月曜日, 26 12月 2016 12:16)

    やはり補足というか修正箇所がありました。

    ごめんなさい。

    嫌なことを進んでやること自体は、もう少し言葉が必要です。

    エゴで嫌と感じ、イヤイヤ取り組めば葛藤が生じるのはわかっていただけると思います。
    しかし、進んで、となると、それは大事、ということでやろうとしているので、なぜ大事と思えたかが問われます。
    大きな方向性でよりよく生きたいのであれば、今のエゴの自分には嫌に思えても、成長するにはその考えを改めて取り組むことが大事と起動修正して進んでやるならばいいと思います。
    しかし、方向性が歪みを多く含んでいると、成長目的ではなく今の自分を美化する目的で取り組んでしまい、片手落ちの理屈で取り組むこととなるので、どこかで無理が生じます。

    とりあえず、ここまでの簡単な修正になりますが、確認をよろしくお願いいたします。

  • #11

    しんすけ (月曜日, 26 12月 2016 12:23)

    だいさま
    本当にありがとうございました
    自分でわわからないエゴをご指摘いただきありがとうございました。
    取り組む姿勢で修正したいと思います
    感謝します

  • #12

    だい (月曜日, 26 12月 2016 23:34)

    しんすけさん

    今回、私のエゴのチェックに際し、しんすけさんのコメントがとても学びの助けになりました。

    今後ともよろしくお願いいたします。

    だい様の「様」はできればやめていただきたいです。
    特別視につながるものですので、ご検討ください。

  • #13

    UEN (土曜日, 31 12月 2016 22:32)

    宇宙全史第10章読み返してみました。

    言われてみて、少し意識してみると普段自分がいかに無意識で動いているのがわかります。(なんと無意識領域の多い事か。。)

    上位の意識の説明ありがとうございます
    ついついエゴで決め付けて聞き流す、読み流す事が多いです汗
    感受性も注意しながらよく考える事が大事ですね、どちらかに偏らないように気をつけようと思います。

    無意識に言葉を発する事が多いと気づけたので、コメントを読んでからは意識するようにしていますが、相当難しいですね^^;
    思いついたらなるべく丁寧にやってみようと思います。

  • #14

    だい (土曜日, 31 12月 2016 22:38)

    UENさん

    エゴのチェックはとても大事なことです。
    その時、方向性がよりよくだせていれば、過剰に神経質にならずとも気付きやすくなっていきます。

    効率もよくなりますので、方向性も折に触れてチェックするようにしてください。