エゴ、について 七

思い込みは、ひとつクリアしたと思っても、また違う形で顔を出す。

 

 

 

 

 

実体験として、特別視は今だに残っていて顔をだす。

 

 

 

一回クリアしたら、もう大丈夫、ということはない。

 

 

 

人に対しての特別視をクリアしたと思ったら、自分への特別視が残っていた。

 

 

 

自分に対しての特別視に気づけたと思ったら、神に対しての特別視が隠れていた。

 

 

 

神や上位意識への特別視を意識できるようになったら、自分の甘えに気づいた、等々。

 

 

 

 

 

気づくたびに発見があるが、自分の都合や甘えに依存など、いったいどれだけ歪めてものをみているのだろうか、とうんざりする。

 

 

 

うんざりしても、またこれからもどこかで顔を出す。

 

 

 

 

 

「わかっていないことが自覚できていない」ことは常にあるので、こうしたことに気づけるといい。

 

 

 

気づくことで、取り組みがよくなっていく。

 

 

 

取り組んだ分だけ、自分は成長するし、人のエゴもわかるようになる。

 

 

 

 

 

一度に完璧にできればいいが、エゴは不完全なので、こうした繰り返しで、自分の不完全さを理解していくことになる。

 

 

 

自分の不完全さがわかると、他者に対しても理解が進み否定が減る。

 

 

 

お互い様、といえるようになる。 

 

 

 

対等公平の理解を深め、全肯定への理解がすすむ。

 

 

 

 

 

全肯定のこの宇宙は、様々な可能性がある。

 

 

 

なにを選択するかにより、私たちは上を目指していくことができる一方、誤った選択をすれば、下に落ちていく可能性も常にある。




しかし、どちらも可能性。




いまこの時にできることは、目の前のこと。

 

 

 

日々の取り組みとしてできる限り思い込みを減らし、自分に都合よくものを考えないよう、エゴの整理をしておくといい。

 

 

 

 

 

転生繰り返して「実存を見る」という最終ゴールに到達するまでは、とにかく折に触れて、エゴのチェックとコントロールを意識的に取り組むことです。

 

 

 

ようは、「ずっとやる」、ということです。