エゴ、について 六

理解が中途半端だと、わかった気になったり、できているつもりになったり、自分が該当しない高い段階にあるような華やかな勘違いをする。

 

 

 

ついおろそかにしてしまう、というのも、油断したところにエゴがそっと顔を出し、主導権を奪われているから。

 

 

 

自分のことは、なかなか気づけない。

 

 

 

 

 

自立の大切さ、自分で判断することの重要性など、こんこんと話されたあとで、

 

 

 

「よくわかりました。これからもついていきます!」

 

 

 

なんてことを、エゴは平気で言えてしまう。

 

 

 

それに気づいて、ハッとする。

 

 

 

 

 

エゴを指摘されて気づくことの例として、

 

 

 

「大事とわかっているつもりで、実際はそれができていない」

 

 

 

ということがある。

 

 

 

 

 

大事だと思うならすでに行動に移しているはずが、実際は行動にまったく移していなかったり、言い訳して違うことを優先していたりする。

 

 

 

自由が大事といっておきながら、自分の思いこみで人に無理強いしてしまうことをやっていたり、同情についてわかった気になっていたら、ちょっと応用を利かせればわかることに気づけず、エゴの都合を優先していたりする。

 

 

 

家族を大事にと思いながら、実際は帰ってくるなり、自分を最優先して愚痴しか言わない、ということもある。

 

 

 

 

 

エゴに向き合うようになると、こうしたことに事あるごとに何度も出くわし、いろいろなケースを繰り返し体験することになる。

 

 

 

気づくことがあるたびに、ショックを受けることもあるが、向き合う以前はもっとひどかったはず。

 

 

 

 

 

やってみてわかるのは、思い込みはなかなか簡単には取れないということ。

 

 

 

思いこみはある意味「癖」なので、新たないい癖がつくように、辛抱つよく、何度も、何度も、確認していくことです。

 

 

 

 

 

写真は、息子作「あさがお と ひまわり」です。

 

 

 

自分なりにちょっと工夫して描いたそうです。