BBSについて思うこと ①

宇宙全史でこれまで学んできた方にとって、これから目にする内容は、非常に刺激的だと思います。

 

 

 

いらした方にはお話してきたこともありますので、そういう方は、改めて確認しながらご自身でもお考えください。

 

 

 

初めて目にする方は、否定的な印象をもたれるかもしれませんが、御自身で判断する機会になりますし、御自身の思い込みに気づくいい機会にできるかもしれませんので、なるべく自他の都合や思い込みを持ち込まずに読み進めていただくといいと思います。

 

 

 

 

 

今回から、講師の件を取っ掛かりとして、虚空蔵さんのエゴについてなど、私が感じてきたことを書いてみようと思います。

 

 

 

宇宙全史は月読の大神が指導されているワークでしたので、「その~」も含めこれまでこうしたことを書いてきませんでした。

 

 

 

しかし現在は、月読の大神がBBSに対して一線ひかれた状況であることと、私が皆さんを指導する立場は引き続き認められていますので、皆さんの思い込みを減らす、エゴを薄くするなど、そうした目的で書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

基本的に誹謗中傷が目的ではありませんし、そうしたことをするつもりもありません。

 

 

 

 

ただ誤解を招きそうなので先に書いておくと、自分の判断に基づき、「間違っていることに対して間違っている」と、ありのままと思うところを書くことなので、その通りであれば否定ではありません。

 

 

 

好き嫌いの嫌いは否定とは違う、というお話と同じで、違うものや間違っているものをそのように指摘することは、否定ではありません。

 

 

 

その時々で受け取った私の上位意識からの言葉も絡めて書くことになると思いますので、そこは楽しみながら、しかし真剣に考えていただき、皆さん各自でご判断ください。

 

 

 

 

 

今回、お互いの自由を認めてかどうかはわかりませんが、「一緒にやる気はないよ」「もう関係ないよ」という態度で、虚空蔵さんからは一方的に私の名前を削除されましたので、私は自由な立場でお話もできます。

 

 

 

私が感じてきた虚空蔵さんのエゴについて書くことで、自分とは異なる視点から考える機会にもなりますので、読んだ方達ご自身の思い込みに気づいていただき、よりいっそう意識レベルを上げられる機会にもできます。

 

 

 

なぜなら、これによって読んだ方の思い込みが減れば、よりありのままに近い状態で物事が見えるようになるため、気づいた分だけその方の意識レベルが上がっていくからです。

 

 

 

 

 

先日更新したブログでも書きましたが、私の宇宙全史での講師としての立ち場は、月読の大神の指示によって始まっています。

 

 

 

その講師について先ほども書きましたが、BBS上で私の名前は削除されました。

 

 

 

しかし、今回の一連の掲載のなかには、一言も「月読の大神」の名前が出てきていません。

 

 

 

 

 

そこで、それを踏まえてこちらで直接確認をとることにしました。

 

 

 

すると、ひろかねさんの働きかけによって月読の大神から得られた回答は、

 

 

 

「不許可の指示はだしていない」

 

 

 

という一言でした。

 

 

 

 

 

この一言を皆さんがどうとらえるかですが、私には虚空蔵さんに対して積み重ねてきた判断がいくつもあり、それらも踏まえて今回の事について出した結論は、

 

 

 

「虚空蔵さんが独断でやった」

 

 

 

でした。

 

 

 

その判断してきたことをこれからいくつか書いていくのですが、今回の事について私の判断が正しければ、彼は月読の大神にきちんと確認することなく、上位意識の指示に対してエゴの価値観を優先したということになり、「自分の方が上である」と、態度で示したことになります。

 

 

 

その通りであれば、絶対やってはいけないことをやってしまった、ということになります。

 

 

 

 

 

また、講師を外すことに対して、誰が聞いても納得できる説明は、普通に考えればできることなのです。

 

 

 

例えば、

 

 

 

「宇宙全史で公式に開示しいていない情報を、こちらに確認することもないまま勝手に掲載しつづけたので、こちらとしては責任をもてませんので、講師をはずします」

 

 

 

と一言載せれば、見えない世界を信じない方でも納得いく話になります。

 

 

 

しかし、そういった書き方はせず、本当かどうかもわからない、しかも場合によっては悪意さえ込めて創作されたかもしれない過去世を元に、ひろかねさんに対してその人となりを決めつけました。

 

 

 

また、身元が明らかになる立場の私に対しては「憑依されている」と、一般的に悪印象を与える、通常では確認の取れない一方的な判断を、不特定多数の方が閲覧できるところで掲載したことに対して、私は非常に違和感を覚えました。

 

 

 

子供たちの名前も過去に投稿して掲載されていますので、そのことは掲載してきたご本人もよくご存知だと思うのですが、仮に忘れていたとしても、そうした当事者以外への影響も含め、このような無責任な対応をされる方が、どういった立場で、なにを指導しているのでしょうか。

 

 

 

今回のことで書き込まれた内容を見ればわかると思いますが、いい大人ですら、キチンと確認もせずに信者となって賛同してしまっています。

 

 

 

人づてであっても、子供が聞けばどういう反応をするかくらい、お子さんもいらっしゃる立場であれば、わかりそうなものです。

 

 

 

「礼儀」を人に求めるのであれば、ご自身は一体どうなのでしょう。

 

 

 

自分のことを棚に上げて話をされているのであれば、まだ特別視がしっかり残っていることになるため、意識レベルを上げる取り組みを誰よりもやってきたかのような掲載文をこれまで何度も見てきましたが、実際身になる取り組みができていないということになります。

 

 

 

 

 

今回、そうした内容を書く必要性が、いったいどこにあったのでしょうか。

 

 

 

必要性として考えられるとすれば、エゴの都合です。

 

 

 

そこから見えてきたことについて羅列すると、

 

 

 

・自分は特別な立場で絶対的に正しい存在

 

 

 

・そんな自分にたてつく奴は悪い奴

 

 

 

・その悪い奴に従うやつも悪い奴

 

 

 

・でも自分の都合目線での悪い奴なので、なにを使ってでも、誰が見ても悪ものに仕立て上げるよう印象操作する必要がある

 

 

 

・確認が取れないもので書けば、反論できない

 

 

 

・特別な立場で書けば、信じている人も多いから、確認が取れないものでも許される

 

 

 

・過去世など、他ではできない自分だけのやり方で特別視を強調すれば、さらに見ている人を信じ込ませられる

 

 

 

・結果、たてついた奴は悪者になり、それをやっつけた自分の株は上がる

 

 

 

このように思えるのですが、いかがでしょうか。

 

 

 

見えない世界のお話はいいのですが、それが本当に正しいかどうか、他の人にはわかりません。

 

 

 

他の人にわからないものを根拠に、人のことを決めつけて公表するのは、どうなのでしょう。

 

 

 

私も見えない世界の情報を書くことはよくありますが、皆さんに考え判断してもらいながら読んでいただけるようにしているつもりです。

 

 

 

絶対的に正しいとは言えませんので、「私は信じているけど」、というスタンスで書いてきています。

 

 

 

 

 

講師になる前あたりから私が投稿しなくなるまでの私のBBSへの投稿について、当時いらしてくださる方たちとお話していて気付いたことがあります。

 

 

 

それは、全部ではありませんが、私が投稿した文章のほぼすべてが掲載されていた、というものです。

 

 

 

「投稿したけれど、なかなか掲載されないものですね」ということを、よく聞いていたため覚えていました。

 

 

 

一部掲載されなかったものもあると思いますが、掲載されたものものも含め、いまではほとんど覚えていません。

 

 

 

ただ覚えていないなりに考えてみると、ひろかねさんについて尋ねたこともあったかもしれませんが、URLを載せようにも、載っているサイトなど私は知りませんので、可能性があるとすれば、「私のブログを見てください」と載せたのかもしれません。

 

 

 

しかし、当時の私の文章を見ていただければわかるように、「見なさい」という態度で書くはずもなく、なにかしら気を使った文章で送っているでしょうから、確かに足りない面は多々あるにしても、礼儀をわきまえないとばっさりやられるほど失礼なことをしたとは思えません。

 

 

 

あの頃URLを含めて送ったかもしれないものは、他の方のブログで「InDeep」の南極の氷のお話と、小妹さんの描いてくださった漫画を見てもらうため、が考えられます。

 

 

 

 

 

なんにせよ、不確かな情報や判断をもとに私は悪者扱いされていますし、ひろかねさんに対する対応も、一見筋が通っているように見えている方もいるかもしれませんが、丁寧に見ていくと疑問がでてくるような対応をされていることがわかってくると思います。

 

 

 

 

 

余談ですが、ひろかねさんに教わるようになって自覚させられたことがあります。

 

 

 

宇宙全史で学び続けてきた結果、具体的になにがどう役立ってどれくらい成長したのか問われた時、自分ではわかりませんでした。

 

 

 

なぜなら、ほとんど成長していなかったからです。

 

 

 

これは自分の問題もありますが、わかったつもり、成長したつもり、と、つもりだけが積みあがったうえで、しっかりあぐらをかいていました。

 

 

 

具体的な取り組み方法まで理解して、初めて行動に移せます。

 

 

 

BBSとひろかねさんの教えてくださる内容の違いは、その取り組みの具体性にあります。

 

 

 

結果をだすためにどうするか、という考え方なので、成長も実感しやすいのです。

 

 

 

 

 

今回は長くなりましたので、ここまでで一旦区切ります。