夏至ということで

またまたトチロー555さんのブログ更新のご連絡です。

 

・Φ23 神々を訪ねて(その2)

 

 

 

夏至だからどうこうというものは、いまのところありません。

 

以前書きましたが、夏至に何か起こるとすれば、それまでやってきたことの結果としてその身に自身の取り組みの反映があらわれるということです。

 

時間の過ごし方は人それぞれですが、目的をもって生きている方であれば、なにか実感できるものがあるといいですね。

 

つもりで終わらせてしまうと、そこで止まってしまいますので、自分が納得できるような毎日になるよう過ごしていただければいいと思います。

 

 

 

ひろかねさんとお話をしたり他の方のブログなどいろいろ見ていて、最近よく思い出す一節があります。

 

「神様はそんなにそんなに甘くはない。ついてこれない人間がどうなるか結果を見てからだと遅すぎる」

 

現状は確認のしようがないようなことも含めて、常に動いています。

 

一見すると穏やかな毎日のように思えて、「なにもないからのんびりしていていい」という態度になるかもしれませんが、そういう状況ではないと思えれば、いまのこの期間がどういう時期なのかを自分なりに考えて、それを行動に移していく必要があります。

 

いずれ結果が出た時に自分が納得できればいいので、そこにいたる道筋としてこうした夏至のような節目は、上手に活かしていくといいのではないでしょうか。

 

 

 

エゴの傾向として「責任を取りたくないために誰かをあてにしている」、というものがあります。

 

ブログの更新をチェックしてくださっている方は、なにを求めてチェックをしているのか考えてみて下さい。

 

自分を生きているといえるどうか、考えてください。

 

自分を生きていないとどうなっていくのか、考えてください。

 

よりよくという方向性をだしている方で、意識レベルを上げるためにこれまでここで書いたことがすべて理解できているのであればいいのですが、わかったつもりでスルーしながら目新しい情報欲しさに惰性で見ているようだと、あの一説はのちのち自身にとって厳しい状況のなかで思い知ることになるかもしれません。

 

エゴを薄くする、ということを具体的に取り組んで一つでも結果を出している方はわかると思いますが、一つ改善するためにどれだけ時間や労力を割いてやらなければいけないか、とても大変なことなのです。

 

具体的に「こういうエゴを変えることができた」と明言できるものがなければ、それはできできている「つもり」だとおもってほぼ間違いないでしょう。

 

 

 

先ほどの一説を読み返してみて下さい。

 

ここでお伝えしている方向性を求める方にとっては、やるべきことは山のようにあります。

 

考えていただくきっかけになればいいと思います。