過ごしやすい日々

娘が描いたライオン
娘が描いたライオン

9月に入ったあたりから、涼しい日が続いています。

 

雨が降ることもあるため天気がいいという感じではありませんが、暑さが和らいだことで夜も寝やすくなり、体に優しい過ごしやすさを感じています。

 

明後日あたりからまた気温が30℃くらいになるようですので、一息付けた感じですね。

 

夜になって聞こえてくる虫の音も、秋を思わせるものに変わってきました。

 

ここ数日、穏やかに過ごせています。

 

 

 

子供たちは夏休み明けから分散登校ということで、クラスの半分は登校して、残り半分は自宅でタブレットをつかいリモートで授業を受けています。

 

息子と娘、それぞれ別の部屋でタブレットに向かって授業を受けるため、妻は声を潜めて邪魔にならないよう気を使っていました。

 

これまでからすると、特殊な時間を過ごしている感じがしますが、しばらく続くと、これが常態化することも考えられます。

 

 

慣れないことを慣らしていく時は大変ですが、慣れてしまうと、あまりあれこれ違和感を感じることなくできるようになってしまいます。

 

しかし、それが自分を生きづらくする方向への変化で慣れてしまうのであれば、気を付けた方がいいでしょう。

 

いわれるがまま従って、気が付いた時には動けなくなってしまう、そんなこともあるかもしれません。

 

健康や安全というものに対して過剰になると、なにかにつけて思うように動けなくなるように思います。

 

ケガをするから、汚れるから、病気になるから・・・

 

私たちは完ぺきではありません。

 

生活の中で動けば起こりうることだったり、生きていれば当たり前のことが、やってはいけないことや起きてはいけないことのように思えてくると、自分を生きづらくしてしまいます。

 

マスクや消毒をしたいと思えばすればいいのですが、ただ言われるがままやっていると、生理的に受けつけないことがこの先どんどん増えていきそうな気がします。

 

いまはまだコロナウイルスに対してだけですが、他にも警戒しなければいけないという風潮が高まっていく可能性もあると思っています。

 

例えば、仮に多数の人たちの免疫力が著しく落ちるようなことがあった場合、いつもなら大したことがない病気が想定以上に悪化しやすくなったり、蚊にさされただけでも蜂に刺されたように腫れ上がるようなことがあるかもしれません。

 

そうなると、なぜそうなったかを考えないで、病気にならないように、虫に刺されないように、という対策ばかりが過剰になっていき、今以上に外に出ることが困難になっていきます。

 

ワクチンのことで、いまそういうことが起きているのではないか、という懸念があります。

 

知識や実態も含め、私たちがわからないことは山のようにあります。

 

ほんとうにわかっていることなど何一つないのかもしれません。

 

科学的、医学的、と付く根拠は数多ありますが、それらも時代の経過の中で覆されたり誤りを指摘されることもあるものです。

 

絶対正しいといえるものがほんとうにあるのでしょうか。

 

恐れを感じることの反面、見落としがちな病気をすることで得られるもの、私たちの成長の過程で必要な病気、そういったこともあるかもしれないという視点をもつことができれば、むやみやたらに病気を恐れることは減るのではないでしょうか。

 

時どきここに書くことがありますが、野口晴哉著「風の効用」という本を一度読んでみることをお勧めします。

 

 

 

写真は、娘が描いたライオンです。

 

最初は狐を描こうとして気が変わり、ヒョウに変えたのですがうまくいかず、最後ライオンということにして仕上げたようです。

 

 

今回は妻と相談しながら描いていたので、妻との合作です。 

 

春に描いたトラとは全くべつものに仕上がりました。