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暖かい一日

娘が書いたキツネの絵
娘が書いたキツネの絵

そろそろ暖かくなると天気予報などで聞いていましたが、はじめの前を通過していく人たちを見ていると、半そで姿のひともちらほらいます。

 

今朝は久しぶりに自転車で通勤しましたが、汗ばんでしまい、シャツを着替えたほどです。

 

花粉や寒暖差で不調気味の人がいますが、少しは復調するかもしれませんね。

 

 

 

最近発達障害やアスペルガーの本を少しずつ読んでいます。

 

人間だれしも、大なり小なりそういう気質や性格に性分などのなかに併せ持っていると思いますし、個性の一端であったりもします。

 

ただ、自分でそういう特性があると自覚すると、気づかずやらかして後でこまるようなことを減らせるかもしれませんし、人のやることに対して腹を立てることも減る場合があると思います。

 

パニック症状(発作)も時にあり、大きく分けて「怒り」と「うつ」に分けて考えることもあるようです。

 

考えてみると、世の中でなにか大きな出来事が起きるとき、人はパニックになり慌てふためいて暴走したりおかしなことをやります。

 

普段から目の前の自分にとって大事なこと、できること、やるべきこと、などを意識していればわかると思いますが、そうでないと、できもしないことをやろうとしたり、時間をかけてやらなければ結果がでないようなことを、結果を焦っておかしくなってしまうこともあります。

 

武漢でコロナの感染拡大が報じられる日々の頃、私たちは冷静ではなくなり、あれこれ出回る情報に翻弄されていきました。

 

パニックになることは誰しもあることです。

 

ただ、そこからどう立て直せるか、が大事なところです。

 

それまでになにもやっていなければ、いざ何か起きたとしても冷静に考える足場が無いわけですから、状況が落ち着くまでパニックがつづくかもしれませんし、時間をかけて改善していくことになるでしょう。

 

場合によってはずっとつづくかもしれません。

 

ここ数年騒がれている新型コロナが収束する、ということが起こりうるのかさえかわからないのですが、ということは、パニックに陥った人たちの混乱も同じく続く可能性があります。

 

混乱がさらなる混乱を呼ぶ、ということが起きていると感じています。

 

その一つが、ウクライナとロシアに対する多くの日本人の態度や行動、また報道や政治決定などです。

 

早ければ夏前頃には、私たちの今後の生活が様変わりする実感を持ち始めて居るかもしれません。

 

そうなると、さらに焦る人は増えていきますし、背に腹は代えられない、きれいごとはいってられない、という感じで、粗い雰囲気に包まれていく可能性があると思っています。

 

物価の上昇で暴動が起きている国もあるようですが、「これまで日本は大丈夫だったから、これからも・・・」は、もう通じないと思います。

 

対岸の火事と思わず、日々の生活の一つ一つの判断を大事に行っていくことです。

 

ワクチンの接種に違和感がない方は別にかまいませんが、違和感がある方にとっては、WHOや国内政治なども絡んで、これからかなり厳しい展開が待ち受けているかもしれません。

 

生きることがしんどい時代に入ったと感じる人は増えていると思います。

 

そこでなにができるのか、なにかあってから慌てるのではなく、いまできるうちに考え方を整理したり、必要なものを探して学んだりしておくといいでしょう。

 

 

 

発達障害の話にもどりますが、その原因として「生まれつき脳が機能していないところがあるため」という考え方があるようです。

 

しかし、「脳の可塑性」という考え方があることを、脳血管障害のリハビリについて学んでいた頃知りました。

 

どこか損傷を負って従来のように機能しなくなったとしても、繰り返しリハビリを続けていく中で、従来のルートとは異なるルートで神経伝達などが行われるようになり、程度の差はあれども、似たような働きができるようになっていく可能性があるらしい、と記憶しています。

 

正確な内容ではないので、まちがって理解しているかもしれません。

 

一度壊れてもう駄目だと思える状態であっても、従来ほどではないにしても、時間をかけてやっていけば、できないと思い込んでいたものが少しはできるようになる可能性を誰しも持ち合わせているかもしれない、という話です。

 

生まれつき機能していない、というものでも、訓練することで可塑性のようなことがおきるかもしれませんし、機能していないのではなくて、反応が微弱過ぎて感知しづらいだけかもしれません。

 

それを丁寧に時間をかけて発達させていくことで、機能することもあるかもしれません。

 

ただ、私たちは時間が限られた中で生きているので、そのことだけに時間をかけ続けても、という場合もあります。

 

そこで、できることの中で創意工夫して、自分なりの対処を身につけている人もいます。

 

そういった人たちの情報をもとに、自分に合った形にアレンジするでもいいでしょうし、発達障害やADHDにアスペルガーなどのワードで書かれている本やブログを見つけて読んでみたり、分子栄養学などを学んで食べ物で改善したり、自分にあった眼鏡をつくってサポートすることもできると思います。

 

なにをどうしたいかは自分で決めることですが、目的がある程度はっきりしてきたら、行動に移す中でよりよい選択をしていくと、自分に合ったものに出会いやすくなっていきます。

 

ベースは自分の考え方を変えていくことだと私は思いますが、そこを目指すにしても、そこにたどり着くまでに、どの道を選んで進んでいくかは人それぞれだと思います。

 

よくしていきたい、という方向性がでるならば、自分で行動に移して改善につながる取り組みをしていくといいでしょう。

 

先ほど書いた、「反応が微弱過ぎて感知しづらいだけかも」ということについて、私が考えるのは、そういう人と接するときに、その人に対して肯定形で接し続けること、肯定形の言葉で語りかけ続けること、否定しないこと、です。

 

これは私もまだ途中ですが、私に全肯定を教えてくれた方が実例をみせてくれています。

 

いろいろ考えたり整理しながら過ごしていますが、それができるようになるほどに、生きやすくなっていく、と考えています。

 

興味がある方は、ご来院の際にお尋ね下さい。