工事再開?

今朝は久しぶりに多摩川の土手を通って出勤しました。

 

目黒通りを延長して多摩川にかかる橋を造ろうとしているのですが、橋げたを造ったところで工事が中断していたところ、今日は新たな資材の運び込みや工事が始まっていたので、これから橋をかける工事に入るのかもしれません。

 

この橋が完成すると、川向こうの川崎市からの行き来がかなり便利になるため、もしかしたら橋を渡って一(はじめ)までいらしてくださったり、こちらから出張施術で出向くこともあるかもしれず、多少なりとも仕事上影響があると思っています。

 

上流の二子橋と下流の丸子橋の渋滞緩和も期待されているため、まとまった交通量の増加も考えられることから、等々力周辺の活気も増す可能性があります。

 

交通インフラの老朽化で修理点検などの必要性があちこちにありますが、新たな橋ができるというのは、比較的珍しいことかもしれません。

 

自身の記憶では、実家の町に流れる阿木川に橋が架かる時、見に行った記憶がありますが、小学生低学年くらいだったでしょうか。

 

生活圏での出来事としては約40年ぶりのことです。

 

 

 

世界経済がここにきて急速に荒れ始めています。

 

インフラの整備も今後しばらく怪しくなっていくかもしれません。

 

大きなビルやマンションなどは、土地の買い付けから人や資材の手配など、何十年かかけて取り掛かると聞いたことがあります。

 

それが、物価高騰や人件費の高騰が原因で以前の計画通りに進まなくなっている現場もあるようなので、今後公共事業なども含め、見直されたり中止されるようなこともあるでしょう。

 

私たちが当たり前だと思っていた生活環境が、どんどん変わってきています。

 

夏の暑さもそうですし、外国人にたいする印象、自分たちの経済観念、コロナが流行ったことで健康や生活、働き方などもずいぶん様変わりしました。

 

これからそういった変化がさらに加速していきそうな気がします。

 

まわりに合わせてばかりだと、振り回されて疲弊していくばかり。

 

自分がどうしたいのか、自分の考えをもって取り組めることが増えていけば、周りに振り回されることも減っていきます。

 

責任転嫁して逃げることもできますが、それは代わりが効く生き方です。

 

自分でなくてもいいことだから押し付けたり、言い逃れして、責任をとることなく安穏と生きようとします。

 

しかし、そういう生き方では、いずれ周りの変化にのまれて終わっていくかもしれません。

 

すぐにできなくても、立派でなくてもいいので、身近な些細なところから、責任転嫁しないで取り組めるかためしてみてはどうでしょうか。

 

くだらないことも、見下げた行動も、受け入れがたい失敗も、素晴らしい体験も、しみじみと味わうようなありがたいことも、すべて自分の身に起きていることを認めていくことで、自分を信じて自立した生き方になっていくのではないかと思います。

 

もしかしたら、私たちはとても大変な時代を生きているのかもしれません。

 

しかし、その大変さの中で一生懸命生きることにより、負荷を己の磨き砂として少しずつ成長していくこともできるのではないか、と考えています。