自立とあてと特別視

自立とは、自分のことは自分でやる、ということです。

 

人やなにかをあてにしない、ということです。

 

全体性の理解が進み自立できたなら、自分のやったことがきちんと自分に返ってくることがわかるようになります。

 

しかし、自立はできているようでなかなかできていないことだと思います。

 

それは、あてにする、ということを無意識にしてしまうことが多いからです。

 

「あてにする」というのは、「自分を助けてもらう」という発想であり、自分を助けられる存在というのは、自分より何かが上でなくては助けることはできません。

 

存在としてはみな平等であり、自分のことは自分でやることが本来の姿だとすると、自分のことを自分でやらないで、上位の存在をつくりだすことによってそれに肩代わりしてもらおうというのは、本来の姿を歪めてしまっていることにならないでしょうか。

 

特別視する、とはこういうことです。

 

 

 

また、上位ばかりでなく、人に頼らせる、すがらせる、という下位の存在をつくることも無意識にやっていることがあります。

 

自他の関係において依存をつくるわけです。

 

 

 

このようになにかをあてにすることによって、特別視することを増やし、自立から遠ざかることをしてしまいがちです。

 

ですから、特別視に気づくことは非常に重要で、特別視している間は、自分のことは自分でできると思っていないということですし、自分を信じることもできません。

 

自信がなければベストを尽くすこともできず、命を大事に生きているとは言えない状態です。

 

 

 

特別視に気づいて平等に目を向けるようになっていくことで、因果応報の歪みを少なく使うことができるようになっていきます。

 

よりよい生き方に通じることです。

 

 

 

情報や存在に対する特別視にならないよう、自分の方向性をきちんとしたうえでそうしたものと向き合えると、歪みは生じづらくなるのではないでしょうか。

 

そこができないまま向き合うと、ちょっと大変かもしれません。

 

 

 

コメントをくださっている皆さん、ありがとうございます。

 

過去のブログにもコメントをくださっている方たちがいらっしゃいますので、せっかくですから読み返す際にはコメント欄にも是非目を通すようにしてください。

 

 

 

さきほどネット記事を見たところ、台風17号「メーギー」が発生していますね。

 

韓国名で「なまず」だそうです。

 

写真は息子作、ドラゴンボールのカリン様です。