自立とあてと特別視

自立とは、自分のことは自分でやる、ということです。

 

人やなにかをあてにしない、ということです。

 

全体性の理解が進み自立できたなら、自分のやったことがきちんと自分に返ってくることがわかるようになります。

 

しかし、自立はできているようでなかなかできていないことだと思います。

 

それは、あてにする、ということを無意識にしてしまうことが多いからです。

 

「あてにする」というのは、「自分を助けてもらう」という発想であり、自分を助けられる存在というのは、自分より何かが上でなくては助けることはできません。

 

存在としてはみな平等であり、自分のことは自分でやることが本来の姿だとすると、自分のことを自分でやらないで、上位の存在をつくりだすことによってそれに肩代わりしてもらおうというのは、本来の姿を歪めてしまっていることにならないでしょうか。

 

特別視する、とはこういうことです。

 

 

 

また、上位ばかりでなく、人に頼らせる、すがらせる、という下位の存在をつくることも無意識にやっていることがあります。

 

自他の関係において依存をつくるわけです。

 

 

 

このようになにかをあてにすることによって、特別視することを増やし、自立から遠ざかることをしてしまいがちです。

 

ですから、特別視に気づくことは非常に重要で、特別視している間は、自分のことは自分でできると思っていないということですし、自分を信じることもできません。

 

自信がなければベストを尽くすこともできず、命を大事に生きているとは言えない状態です。

 

 

 

特別視に気づいて平等に目を向けるようになっていくことで、因果応報の歪みを少なく使うことができるようになっていきます。

 

よりよい生き方に通じることです。

 

 

 

情報や存在に対する特別視にならないよう、自分の方向性をきちんとしたうえでそうしたものと向き合えると、歪みは生じづらくなるのではないでしょうか。

 

そこができないまま向き合うと、ちょっと大変かもしれません。

 

 

 

コメントをくださっている皆さん、ありがとうございます。

 

過去のブログにもコメントをくださっている方たちがいらっしゃいますので、せっかくですから読み返す際にはコメント欄にも是非目を通すようにしてください。

 

 

 

さきほどネット記事を見たところ、台風17号「メーギー」が発生していますね。

 

韓国名で「なまず」だそうです。

 

写真は息子作、ドラゴンボールのカリン様です。

 

 

 

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コメント: 5
  • #1

    RS (土曜日, 24 9月 2016 01:24)

    だいさま
    先日はお世話になりました。

    このところ思う所があって、シルバーバーチの霊訓ばかり読んでいましたが、ようやく全12巻読破いたしましたので、しばらくお留守になっていた宇宙全史を再読していた所です。

    逆読みして最終頁からめくってましたら、p626「救世主はあなたです」の一節が。

    だいさんが今回書かれていることと言い、これからこの覚悟がますます肝になる、と感じた次第です。気づきをありがとうございます。

    個人的には、自分の元ダマがしたいことと、小ダマの今の自分がしたいこと、両方とも諦めない選択肢をなんとか見つけようと思っている所です。

    引き続きどうぞよろしくお願いいたします。⬅あてにしているかような表現で恐縮です(笑)。

  • #2

    だい (土曜日, 24 9月 2016 02:20)

    RSさん

    オチまでつけたコメントをありがとうございます(笑)

    BBSではありませんが、天は自ら助くる者を助く、とも言われています。

    行動にうつしていかないと理解できないことですね。
    参考になったようでなによりです。

  • #3

    papas (土曜日, 24 9月 2016 16:38)

    こんにちは、
    〉〉人に頼らせる、すがらせる、という下位の存在をつくることも無意識にやっていることがあります。

    ということですが私が宇宙全史に辿り着く前にとてもヒーロー願望が強かったことがあったのですが、
    (例えば自分は嫌なあいつでもあんな状況になったら命を捨ててでも助けるのに、だから俺は凄いやつなんだといった感じです)
    それはまさしく下位の存在を作りたい作り出すことに当たっていたんだなと最近気付きました。
    そのような存在を必要としていたわけです。
    これはマザー・テレサの章でもありました。

    自分のことは出来る限り自分でやる、あてにするというものですが、簡単な例ではティッシュや飲料水など今必要としているものが誰かの隣にあったとしても自分で取るということでしょうか。
    これが自然に出来るようになるには気付きや学びがないと大変だろうなと思います

  • #4

    だい (土曜日, 24 9月 2016 23:21)

    papasさん

    その気づきや学びは因果応報の結果です。
    そうした結果に至るためには、どういう思いで取り組みをするかです。
    どういう取り組みをするかは、どういう方向性をだしているかです。

    順序を正しくしていけば、自ずと結果は出やすくなります。

    皆さん沢山もちあわせているものですから、日常生活で確認できるところから取り組んでみてください。

  • #5

    papas (月曜日, 26 9月 2016 22:12)

    御忙しい中、ありがとうございます。
    お陰様で順序よく整理することの大切さに、シンプルであるとはどういうことであるのか、というものを頂いた返信の余りの分かりやすさに身を持って実感させられました。
    ありがとうございました。