普通になっていく

昨日から、普通であると感じることで、内面の感覚が満ちることが何度かあります。

 

以前は普通というと「とりたててなにもない感じ」くらいにしか思っていませんでしたが、特別なものがなく普通に物を考えられることが幸せ、そしてそれによって肚がしっかりしてくる、そんな気分になっています。

 

先ほども患者さんとお話ししていて、お互いにそういう感覚を共有できている実感がありました。

 

ずーっとではないため、時折非常にいい気分です。

 

 

 

 

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コメント: 4
  • #1

    midori (火曜日, 18 10月 2016 08:41)

    だいさん
    昨日はありがとうございました。

    知識欲のお話のところで、私は特別になりたくて知識を得ようとしていたことに気づき、知識を得た後でその新しい知識が生活の中で当たり前に、普通になってはじめてその知識が役にたったといえるという言葉が印象に残りました。
    特別視する場面に気づいていける心でありたいです。

    五井先生のことも特別視していたことに気づき、だから力んだかたいお祈りになっていたんだと思いました。
    普通というこの感覚は宇宙全史十二章の植村直己の奥さん、坂本竜馬のお母さんの生き方、五井先生のお祈りにつながっているように感じ、私の方向性になりました。

    できない時もあっていい。
    自分を少しずつ信頼できるようになってきました。

    生活の中でできることを無理をしないで向き合っていきます。

    充実しています。

  • #2

    だい (火曜日, 18 10月 2016 21:38)

    midoriさん

    特別視を減らして普通になっていく、という一連のお話をさせていただき、私も整理が進みました。
    このことがわかってくると、方向性の出し方の重要性もわかっていただけたと思います。
    エゴというものをことさら低く悪く見る必要もなく、ここもまた平等にとらえていくことで考え方が大きく変ってきます。

    私たちはどこまでも変わっていくことができます。
    成長につながる知識と理解を得られるよう、これからもがんばってください。

    コメントをいただき、ありがとうございました。

  • #3

    midori (日曜日, 23 10月 2016 05:04)

    「エゴというものをことさら低く悪く見る必要もない」
    そうなんですね。
    ブログの中でもだいさんのお話からもなんども聞いていたと思いますが、今わかりました。
    父の飲酒も母が泣く姿も私が暗かったのも、流れていった気がします。
    消えてゆく姿だったのですね。
    すごく執着していました。

    「私たちはどこまでもかわっていくことができる」
    次のブログを読んでいます。
    あわせて過去の記事との繋がりを確かめたく、読んでいますが、パズルのピースがつながっていくようです。
    性欲食欲も目処がたってきて、鼻炎、口腔アレルギーがおさまってきました。
    平常心で頑張ります。
    ありがとうございます。

  • #4

    だい (日曜日, 23 10月 2016 07:45)

    midoriさん

    ここでコメントをいただいた#1でいい方向性をだせた結果ですね。
    いまは自然と取り組めて、頑張る、という感覚ではないかもしれません。
    よかったです。

    ご報告ありがとうございます。