カルマの表出

「まず上位意識とつながること。

 

上位意識は歪みのない意識なので

 

ため込んでいたカルマは居場所がなくなり

 

表に出てくることになるので

 

それを上位意識により修正をかけることにより

 

結果全体が歪みがない状態に変わる。」

 

 

 

ということで考えてみると、上位意識と繋がれてインスピレーションが得られた時や、そのつながりから方向性に向かって動き出せたとき、ため込んでいたカルマが一度姿を現すことになります。

 

 

 

もちろん取り組みが間違っている場合もありますが、前向きに取り組み始めたにもかかわらず、途端に嫌なことや負担になることがドッと押し寄せてくるような場合、こういうことが考えられます。

 

 

 

それまで自覚の無いままカルマを溜め込むほうで取り組んできたのですから、よくしようと思ったら、カルマを解消するために動き出すのは当たり前の話です。

 

 

 

そのでてきたものを、五井先生は消えていく姿と捉えるようにお話されていると思います。

 

 

 

しかし、これが出てきたときの反応として、エゴが歪んだままでいたいという抵抗が起こることもあるため、ある程度理屈を理解していないと、前に進まない判断をすることになります。

 

 

 

自由があるので、無意識とはいえ上位意識から差し伸べられた手を払いのけて、間違ったものを選択する自由もあります。

 

 

 

「自分は本当に正しいことがわかるのか?」

 

 

 

この問いかけをしないまま、うかつに自分の判断を正しいものとしてものごとを考えていないか、一度じっくり考えてみて下さい。

 

 

 

わからないからこその「よりよく」です。

 

 

さらに、「どれが正しいか自分で判断しなければ自分を生きているとは言わない」わけです。

 

 

 

私もふくめ、ここを読んでくださっている方ほとんどが当てはまるお話です。

 

 

 

改めて、「『例え話』補足」「伝111」なども読み返していただきたいと思います。

 

 

 

備忘録に書かれている内容も、読み返せる方は読み返してみてください。

 

 

 

中だるみのようになっていると感じる方は、今一度気持ちをしっかり持っていただきたいと思います。

 

 

 

無造作に鵜呑みにすると、取り返しのつかないような選択をしてしまっているかもしれませんので、ご自身の考えや人のお話など、丁寧にチェックしていただくといいと思います。

 

 

 

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コメント: 5
  • #1

    前嶋美佐子 (水曜日, 31 5月 2017)

    だいさん、

    いつもありがとうございます。

    カルマが出てきているのか、今生で作ったものかはわかりませんが、人と対峙する時、目を見て話すのに抵抗があったり、疑ったり、考えが浮かんでリラックス出来ない事が前から多々ありまして、それは恐れや不安から来ているものだと思いお祈りで流しています。大抵は、お祈りのお陰で環境は改善して来ているように思うのですが、依然、そういう自分が表出してきて、出口が見えず戸惑っています。
    長い年月かけて作ったものですから、綺麗にするにも時間がかかるものかとも思っています。
    自分で気付ければ良いのですが。

  • #2

    だい (水曜日, 31 5月 2017 07:50)

    前嶋さん

    コメントをありがとうございます。

    お祈りで上位意識との繋がりができることにより、一時的にエゴが薄くなったりカルマが少しずつ解消されますが、具体的にエゴ(思い込み)を変えないことには、とれたカルマに新たなカルマが作られ続けて入れ替わるだけで、総量は変わりません。

    流して一時的に楽になったなら、多少なりとも余裕ができるので、そこでエゴを具体的に薄くしようと真剣に考えて、後ろめたさや劣等感、それに付随して発生する特別視など、自分の発言や行動を学んできたことに照らし合わせて考えてみてください。

    人目を気にして考え続けるのであれば、自分の中に必ずそうしたものがあります。

    常識で考えているようなものは、特に隠れているので、意識してチェックしてみてください。

    漠然、曖昧、に求めたものは、そういうはっきりしない答えしか返ってきません。

    具体的なものがあるんだ、と気づこうとする姿勢は、エゴを薄くする取り組みの際にとても大事なことになります。

    自分を信じることにつながりますね。

  • #3

    美佐子 (水曜日, 31 5月 2017 17:49)

    だいさん、

    お返事ありがとうございます。
    よく読み込んで、具体的な事に気付けるようがんばります。
    ありがとうございます。

  • #4

    えつこ (金曜日, 02 6月 2017 11:46)

    今回も色々と気付かせていただき、ありがとうございます。
    自分の事は置いといて、友人がまさしく渦中です。
    方向性を定め邁進しようとした矢先に、家族関係と仕事のことで大変な事になり、家族関係でもキーパーソン、仕事でも腰掛け状態だった友人が率先して働かざるを得なくなり「ああ、これなんだ!!」と思いました。
    私は友人を応援するしかできませんが、友人を通して理解を深めている事に感謝し、中だるみを自覚して気を引き締めたいと思います。
    ありがとうございます。

  • #5

    だい (土曜日, 03 6月 2017 00:06)

    えつこさん

    コメントをありがとうございます。

    人との関係の中で生じる問題は、自分に対しても相手に対しても、真剣にいい関係を考えてないから起こるのではないかと思います。

    今日ある方から、
    「みんな身近な人ほど大事にしなくてはいけないのに、身近な人ほど雑に扱っている、逆なんだよ」
    とお話を聞いて、えつこさんのお友達のお話と重なりました。

    自分でやった結果を自分で見るだけ。

    身近な人ほど大事に、ということを踏まえて、これまでの取り組みに一度目を向けられたらいいのではないでしょうか。
    人付き合いの機微は、よく考えていないとわからないし、できないことだと思います。

    大事だと思わないと、そもそも考えもしません。
    私たちは生活の中で疎かにしていることが、果たしてどれだけあることか。
    全部を一度にはできませんので、考える機会が生じた時に、一つずつやっていくことが、無理なく着実な取り組みといえます。

    私は経験が少ないので、言葉だけになることが多々あります。
    実際にそういう場面について考える必要があるとき、やはりやりきってきた人ほど出てくる言葉が違うと感じています。

    真剣に考える機会に直面していますので、よくなるような取り組みをご本人が気づいていけるといいですね。
    それをやりきることで、今よりはるかに生きやすくなるでしょうし、言葉に力が伴うようになって、その方のやりたいことにも必要な力となるはずですから。